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[東京小考] 日中韓の混成ディベートに学ぶ

[東京小考] 日中韓の混成ディベートに学ぶ

Posted November. 20, 2014 03:23,   

한국어

 それは、見たことのない光景だった。

「1965年に日韓基本条約が結ばれたとき、個人補償も含めて最終的な決着が約束されたではないか」

「いや、慰安婦問題などは予想もできなかったこと。国民個人が請求する権利まで消えたわけではない」

日本の戦後補償について、私の目前で激しい議論が展開されていた。今月11日、釜山の東西大学で2つの学生チームが展開したディベートである。

 いや、それだけなら驚くことはないのだが、6人ずつで構成された両チームは、どちらも日中韓の学生2人ずつによる混成グループだったのだ。中国人も日本人も韓国語を駆使しての白熱の論戦は、内容的にも聞きごたえがあった。

 タネを明かそう。これは東西大学のほか、中国の広東外語外貿大学、日本の立命館大学の学生たちによる「キャンパス・アジア」の授業の一環なのだ。

彼らは3年生だが、1年のときから互いの言葉や文化などを学び、この2年間は数カ月ずつ3大学で一緒に勉強してきた。いまは東西大で2巡目の最後を体験中なのだ。

学生は日中韓の10人ずつ30人で、論争では5組に分かれる。この日のテーマは戦後補償だったが、ほかに竹島・独島、尖閣諸島、靖国参拝、植民地近代化論と、やっかいな問題ばかり合計5つ、週に1回、2チームずつが討論してきた。だから「竹島は韓国のものだ」と主張する日本人学生もいれば、「尖閣は日本のもの」と唱える中国の学生も出るという具合。すべてはゲームと割り切って綿密な準備を重ね、チームプレーを展開するのだ。

毎回、残り3チームは傍聴席から双方に質問を浴びせ、最後は勝負判定にあたる。この日は私までその役割を求められて、大いに冷や汗をかいた。

学生たちはどんな心境なのだろう。夜の懇親会で焼肉をつつきながら、感想を聞いた。

「自分の国とは違う主張をするのだから、最初は大いに戸惑いました。でも、調べるうちにいろいろな発見があって面白くなった」

「相手の国が何を考えているのかよくわかり、視野が広がりました」

「本当は逆の立場なのだけど、いつの間にか議論に勝とうと思って真剣になっちゃった」

異口同音にこんな具合だった。学生たちはみな3か国語を流暢に話し、和気あいあいに語り合う。指導にあたる李元範教授は「国籍を超えた東アジアの学生が生まれているのがうれしい」と言う。それが私にも実感できて感動的だった。

「けしからん」と怒る読者がいるかもしれない。「韓国人には我が国の主張をたたき込むのが教育ではないか」と。だが、心配はご無用。彼らは相手の主張の強みと弱みをしっかり研究したわけで、外交官にでもなれば、相手の泣き所をしっかり突くに違いない。それより何より、広い視野から自国を考える癖を身に着けることは、真の意味での国益につながるはずだ。

さて、同じころ北京ではアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が開かれ、そこではようやく日中の首脳会談が実現した。それは多くの日本人をホッとさせたが、韓国人をホッとさせたのは冒頭、安倍首相を無視するように、にこりともしなかった習近平主席の、失礼とも言える表情だったろう。あれは韓国をも意識してのパフォーマンスだったに違いない。

その表情に救われたのは朴槿恵大統領ではないか。北京に続き、ミャンマーでもASEANとの首脳会議で安倍晋三首相と隣り合わせて会話したが、そのにこやかな表情が対照的に見えた。朴氏はのびのびとなっている日中韓の首脳会談の開催を呼びかけるきっかけも得た。

だが、果たしてその実現性はどうなのか。そして、日韓首脳会談はいつになるのやら。安倍首相はそんなことには知らぬとばかり、帰国すると衆議院の解散を表明し、わけのわからぬ総選挙へ突進してしまった。

ふと考える。いっそ日中韓の首脳をキャンパス・アジアに招き、一緒にじっくり勉強してもらったらどうか。表情豊かに、立場を入れ換えての論戦も演じてもらう。だれが東アジアで一番のリーダーたりうるか。判定はそのあとするとしよう。

若宮啓文(日本国際交流センター・シニアフェロー)