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[オピニオン]ソウル大学の韓国戦争の追念

[オピニオン]ソウル大学の韓国戦争の追念

Posted August. 07, 2014 03:34,   

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ソウル大学に行くと、追悼碑が多い。人文学部には、朴鍾哲(バク・ジョンチョル)、金世鎭(キム・セジン)、イ・ジェホ、自然学部には、チョ・ソンマン、チョ・ジョンシク、工科学部には、ファン・ジョンハ、農業生命科学学部には、キム・サンジンの追悼碑がある。皆、民主化運動で犠牲となったソウル大学生だ。4.19革命の時、犠牲となったキム・チムンなどの6人を称える4.19記念塔は、社会学部の周辺にある。冠岳(クァンアク)山麓の人里はなれたところにあったのを、20年前、正門近くの現在の場所に移してきた。毎年、4月19日には、教授や学生代表らが、この前で記念式典を行っている。

◆ソウル大学で、韓国戦争の際に犠牲となった在学生を称える記念物は、ほとんど目に付かない。ソウル大学は、1996年になってようやく韓国戦争に参戦し死亡したソウル大学生27人を見つけ出し、文化館・大講堂の壁に、その名を刻み込んだ。09年、19人の名簿が新たに見つかり、これまで確認された戦死者数は、46人へと増えた。ソウル大学は、釜山(ブサン)に避難する騒乱の中、学籍簿などの関連記録が多くなくなっており、戦死したソウル大学生は恐らく数百人はいるものと試算される。

◆フランスと英国では、どの学校に行こうと、どの小都市の市役所に行こうと、よく目立つところに、その学校の卒業生やその街の出身者のうち、第1、第2次世界大戦で命を落とした戦没者の名簿が刻まれている。米国も同じだ。侵略国だったドイツや日本では、目にすることができない記念物だ。韓国戦争の時、北朝鮮の侵略に立ち向かって戦って死亡した人たちこそ、風前の灯だった国を救った。彼らがいなかったら、今、ソウル大学に学問や教授の自由は残っていなかったはずだ。

◆ソウル大学の成樂寅(ソン・ナクイン)新総長が、就任後、初の公式スケジュールとして、ソウル大学4.19記念塔を訪れた。大統領や首相、与野党の代表は、就任すれば国立顯忠院(国軍墓地)を訪れるが、ソウル大学には、訪れるだけの韓国戦争関連施設がない。ソウル大学出身の詩人は、「誰かから祖国に未来について聞かれたら、目を上げて冠岳山を見なさい」と語った。祖国の未来を尋ねられる大学なら、民主化だけでなく、愛国も語るべきだ。ソウル大学が来年6月までに、ソウル大学生の韓国戦争戦没者の記念施設を作ることにした。遅ればせながら、嬉しいことだ。

宋平仁(ソン・ピョンイン)論説委員 pisong@donga.com