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[社説]兪炳彦の死が、セウォル号の庇護勢力をかばうことになってはならない

[社説]兪炳彦の死が、セウォル号の庇護勢力をかばうことになってはならない

Posted July. 23, 2014 04:14,   

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兪炳彦(ユ・ビョンオン)元セモグループ会長が、遺体で見つかった。チョンへジン海運の実の所有者の兪氏は、 旅客船セウォル号の沈没から4日後の4日20日から、逃亡生活を続けてきた。彼が最後に目撃されたのは、5月25日、全羅南道順天(チョンラナムド・スンチョン)でだ。その後、2ヵ月ほど、なしのつぶてだったので、ありとあらゆる憶測が飛び交っていたが、順天の梅畑の森の中で、遺体となって横たわっていたのだ。兪氏逮捕作戦は一段落したが、セウォル号関連捜査の全ての焦点を兪氏に合わせてきた検察としては、大きな打撃を受けることになった。

兪氏の遺体が見つかったところは、先月12日、ソンチジェサービスエリアから2.5キロ離れたところだ。警察は5月25日、ソンチジェサービスエリア周辺の別荘で、兪氏を目撃した直後、55回に渡って、計8100人の人員を投入し、大掛かりに捜索を繰り広げてきたが、無為に終わった。兪氏の遺体の周辺には、スクワレンの空のビンが置かれていて、カバンの中には、兪氏が書いた本のタイトル「夢のようなカバン」という文字が書かれていた。検察と警察は、このような決定的な手がかりに注目せず、兪氏を、一般の変死体に処理し、身元の確認になんと40日間もかかった。これまで、検察と警察は、不要な捜索に捜査力を浪費し、軍兵力まで動員する騒ぎを起こした。

兪氏逮捕の失敗は、セウォル号沈没直後の海洋警察による救助失敗に次ぐ、もう一つの公権力失敗だ。検察は、セウォルの惨事直後、捜査の焦点を兪氏に合わせていながら、身柄を確保できず、逃亡する機会を提供した。彼が、救援派の本拠地である京畿道安城(キョンギド・アンソン)のクムスウォンに隠れているのを知っていながら、適時に捜索できず、逃してしまった。その後、兪氏の追跡過程でも、検察と警察との協力がきちんと行われず、捜査情報の流出が続いた。兪氏の遺体を発見しても、身元の確認に安易な姿勢で臨んだ。兪氏を必ず検挙するよう指示した朴槿恵(バク・グンへ)大統領の繰り返された指示がむなしいぐらいだ。

検察と警察は、兪氏の正確な死因を究明しなければならない。兪氏は、現金20億ウォン入りのカバンを持ち歩いていたという。兪氏の遺留品のなかには、逃亡に最も必要な金や携帯電話がなかった。兪氏は、別のところで殺され、移された可能性も排除できない。

兪氏は、彼が実の所有者となっている全ての系列会社の横領や背任容疑の真っ只中に立たされている。検察は、重要被疑者が死亡したことで、現在、起訴された兪氏の家族やその側近らの容疑を、兪氏無しに立証しなければならない困難に直面している。長男のテギュン氏の逮捕や次男のヒョッキ、長女のソムナ氏の送還に、さらに拍車をかけなければならないだろう。検察は、兪氏一家の財産の1054億ウォン規模についても、求償権行使などを通じて、必ず取り立てなければならない。

朴大統領は、「兪氏一家の財産形成の過程のさまざまな疑惑や違法は、庇護勢力の支援無しにはできなかったと思う」と話したことがある。セモやチョンへジンが受けたさまざまな恩恵を振り返れば、当然なことだ。セウォル号遺族の心は引き裂かれているのに、どこかで、兪氏の死亡で胸をなでおろしている人たちがいるはずだ。検察は、兪氏の死が真実を迷宮入りにさせることがないよう、あらゆる手立てを動員してでも、兪氏王国の外部助力者らを究明しなければならないだろう。