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人類学者の旅行

Posted July. 19, 2014 08:38,   

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貧しい国に旅行に行ったことがあるだろうか。貧しい国に行って、威張ったりしたことはないか。多くの旅行ガイドやエッセイは、現地人に対する優越主義に浸っている。個人的感想が中心で心地よい。何もかもが現実より美しく、豊かに描かれている。

人類学者の旅行は何が違うのだろうか。人類学者は現地の人たちと共に暮らす。彼らの目線で世の中を見ようとする。彼らと交わり、不慣れな慣習、不慣れな文化、不慣れな考えを受け入れる。彼は旅人にすぎない。現地の人に迷惑をかけることは礼儀に反する。

著者は、米バーモント大学人類学科の教授だ。ナミビア、レソト、南アフリカ共和国、パプアニューギニアで住民と暮らした。世界数十ヵ国を回った。彼の旅行は謙虚だ。自分がどれほどつまらない存在かよく知っている。だからといって彼が純真なだけの間抜けではない。彼の旅行経験の語録は警句でもある。

「靴にはケチるな」、「一人で持てないものは持っていくな」、「性と政治、宗教の話はできるだけ避けろ」、「医薬品は現地の人の助言を聞かない方がいい」、「夜にホテルの部屋にいる時も警戒しろ」、「水はすべて汚染されていると仮定しろ」、「接近して来る男は疑え」、「知らない人が渡す飲み物には薬が入っているかもしれないので気をつけろ」、「コンドームは非常用の水筒、カメラや携帯電話の保護用、止血帯、人工呼吸用など本来の使用目的の他にも用途が72もある」、「典型的な観光名所だけを撮るのではなく、つまらない場面、日常的で平凡なものも撮れ」

著者は言う。「現地人と顔を突き合わせて意思疎通せよ。彼らの暮らしに加わり、彼らの話に耳を傾けよ。現代の旅行者はデジタル電子機器で早く記録し、早く別の場所に移動するだけだ。気に入ったものだけを選ぶ。どこでも最短距離の経路だけ探す。見て聞いて感じることまでメディアと他人の情報に依存する。海外旅行はもはや『一種の伝達』になってしまった。『経験を経験する時代』になった」。