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李貞鉉氏「選挙に出るなら全羅道地域で」

李貞鉉氏「選挙に出るなら全羅道地域で」

Posted June. 13, 2014 03:37,   

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長年務めてきた「朴槿恵(パク・クンヘ)大統領の代弁人」から解放された李貞鉉(イ・ジョンヒョン)元大統領広報首席秘書官(写真)は、7月30日実施の再選挙・補欠選挙に出馬するなら、故郷の全羅南道谷城(チョルラナムド・コクソン)も視野に入れているという。谷城は、統合進歩党の金先東(キム・ソンドン)前議員(全羅南道の順天−谷城)が同日、国会で催涙弾を投げつけた容疑で議員職を喪失して補欠選挙が行われる地域だ。

大統領府を出て谷城に帰っている李氏は最近、知人たちに「(政界では)なんで(自分の)ソウル銅雀(トンジャク)乙出馬を既成事実化しているのは分からん。出馬するなら、銅雀乙ではない」とし、「出馬するような状況があるのなら、全羅道でする」と話したという。

まずは内閣改造を意識しているが、内閣入りが駄目になった場合は故郷か、光州光山(クァンジュ・クァンサン)で出馬しようとするだろう、との見方が出ている。李氏は、全羅道での出馬の有無を問うと「可哀そうでしょ?」と話した。与党にとっては政治的基盤の薄い地域で、またも挑戦をしなければならない気持ちの一端をさらけ出したものだ。

李氏は1995年、光州光山の市議員選挙に挑戦して破れたのを始まりに、何度も与党の不毛地である全羅道の門を叩いた。第14代総選挙(光州西区乙_、2006年の光州市長選、第19代総選挙(光州西区乙)で立て続けに苦杯を飲んだ。第19代総選挙では、「全羅道に赤い(セヌリ党のシンボルカラー)花の一輪を咲かせたい」と訴え、39.7%の得票率を見せたが、野党側の統一候補だった呉秉潤(オ・ビョンユン)議員に負けた。しかし、当時、大邱寿城(スソン)甲に挑戦して落選した金富謙(キム・ブギョム)元民主統合党議員(40.42%の得票率)とともに「美しい馬鹿」の異名を得た。2011年10月に出した自叙エッセイ「カボチャ汁の代弁人〜真心があれば通じる」は、「全羅道+朴槿恵+国民」の話を盛り込んだものだという。