韓国戦争で戦死の韓国兵遺骨、北朝鮮から戻る 休戦後初
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MAY 26, 2012 08:16.
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北朝鮮で発掘された韓国兵の遺骨が62年ぶりに祖国に戻った。
1950年12月、咸鏡南道(ハムキョンナムド)長津湖(チャンジンホ)戦闘で戦死した韓国軍兵12人の遺骨は、空軍のC−130輸送機便で米国のハワイを出発し、25日午前、京畿道城南市(キョンギド・ソンナムシ)のソウル空港に到着した。北朝鮮に埋められていた韓国軍の遺骨が返還されたのは休戦後初めて。
政府は同日、ソウル空港で李明博(イ・ミョンバク)大統領をはじめ金寛鎮(キム・グァンジン)国防部長官、金相基(キム・サンギ)陸軍参謀総長、ジェームズ・シャーマン韓米連合軍司令官らが出席した中で、最高の礼を尽くして遺骨返還式を行った。戻ってきた韓国軍戦死者らは、韓国戦争で米軍に配属されていたカトゥサ(KATUSA=在韓米陸軍に配属された韓国兵)で、このうち2柱の遺骨は米7師団15戦車大隊所属のキム・ヨンス一等兵とイ・ガプス一等兵のものであることが確認された。
キム一等兵は、1933年、釜山(プサン)で生まれて18歳の時に学徒兵に自ら進んで入隊した後、米7師団に配属された。その後北進攻撃をしていた1950年12月2日、長津(チャンジン)湖戦闘で戦死した。昨年死亡した実兄のキム・ヨンファンさんが09年、「弟の遺骨を何が何でも探したい」と言って国防部に提出した遺伝子(DNA)鑑識用血液が身元確認に決定的な端緒になったと、国防部は説明した。
イ一等兵は、1916年に慶尚南道昌寧(キョンサンナムド・チャンニョン)で生まれ、34歳の時に妻と4歳、7歳の子どもを残して参戦して、1950年12月5日、長津湖近くの下碣隅里(ハガルウリ)戦闘で戦死した。同日、空港にはキム一等兵の甥のキム・ヘスンさん(54)、イ一等兵の息子のイ・ヨンチャンさん(66)と娘のイ・スクジャさん(69)が遺骨を出迎えた。