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[オピニオン]暴力鈍感症

Posted April. 23, 2012 08:21,   

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16年前、映画館でスタンリー・キューブリックの映画「フルメタル・ジャケット」(日本語訳「被覆鋼弾」)を見た覚えがある。映画の前半は、1960年代のベトナム戦争中の米海兵隊の新兵訓練所が舞台背景だった。身動きの鈍い訓練生のパイルは、鬼教官のハートマン軍曹に「虫扱い」される。射撃どころか、銃の解体もできないファイルを、ハートマン軍曹は、侮辱的に扱う。パイルの失敗で連帯責任による懲罰を受けるうちに、パイルを恨んだ同期生たちが、ある日の夜、寝ているパイルをリンチを加える。結局、精神に変調をきたしたパイルは、訓練所を離れる前日の夜、ハートマン軍曹を小銃で撃ち殺しては自殺する。

◆映画を見た感想は、「ええっ!あんなことぐらいで?」というものだった。映画では落ちこぼれだったパイルが受ける肉体的、精神的苦痛のレベルは、当時韓国陸軍(正確には在韓米軍に派遣されて勤務するKATUSA)の上等兵だった私には、大したことではなかった。中学生時代から、すでに元山(ウォンサン)爆撃(手を離して頭で体をささえる体罰)を経験していた。高校時代には、先生が学校の後門から表玄関まで学生たちを殴りながら駆り立てる光景もあった。論山(ノンサン)新兵訓練所では、殴打はなくなったが、映画の中のパイルが浴びせられた暴言や叱責に負けない言葉も聞かされた。ところが、ある瞬間、ぞっとする気持ちがした。日常の暴力に、あまりにも寛大になってしまった自分に気がついたからだ。

◆この頃の学校は、過去とははっきりと変わっている。教師が生徒に手をつけることは想像もできないし、体罰も昔話になった。軍隊で殴打や暴力も過去に比べるとずいぶん減っている。連隊長が、先輩兵士らに殴られたりしたら通報するようにと、新兵たちに自身の携帯番号が書かれた名刺を配るほどだ。にも関わらず、わが社会の隅々には暴力鈍感症が残っている。オリエンテーションを口実に、新入生たちに無理やりにお酒を飲ませたり殴りつける一部の大学の話は、毎年欠かさず登場する。先輩学生たちが新入生歓迎会の暴力を追放するために努力しているという話は聞いたことがない。

◆先週、慶尚北道栄州(キョンサンブクド・ヨンジュ)で、またも育ち盛りの中学生が自ら命を絶った。「しきりに自分を抱こうとする。…暴力クラブに入れと言う」と書き残した少年の遺書を見て、「そんなことぐらいで、そこまで…」と考えただろう大人もいるはずだ。学校内での集団いじめと暴力クラブを撲滅しようとして頑張っても、学校の外の社会が暴力に鈍感では、解決への道は遠い。我々の中に潜んでいる暴力への耐性が恐ろしい。

ミン・ドンヨン週末セクションО2チーム記者 mindy@donga.com