李承晩(イ・スンマン)元大統領の遺族が、51年ぶりに初めて1960年に起きた4・19学生革命で不正選挙に抗議して警察の銃弾に当たって死んだ学生たちの墓地を参拝して謝罪することにした。
社団法人建国大統領李承晩博士記念事業会と李元大統領の養子、李仁秀(イ・インス)博士は17日、19日の午前9時にソウル市江北区水踰洞(カンブック・スユドン)の国立4・19民主墓域を参拝して献花し、4・19犠牲者と遺族に謝罪する声明を発表すると発表した。
声明は、外国出張中の李基秀(イ・ギス)記念事業会長(元高麗大総長)に代わって李仁秀博士(記念事業会副会長)が読み上げる予定だ。
記念事業会は、すでに配布した声明を通じて、「当時、政府の間違いで犠牲になった学生や遺族たちに頭を下げて弔意を表す。今後、4・19遺族会など関連団体と力を合わせて当時の間違いを反面教師にして国の発展に貢献したい」と明らかにした。
4・19革命犠牲者遺族会は、これまで同記念事業会に正式に謝罪を要求してきた。しかし記念事業会は、数十年間、時期が適切でないとして拒んできた。
同事業会による謝罪は、今年2月、会長に就任した李基秀氏が強く主張して実現したという。昨年12に始まった李承晩記念館や銅像建立のための国民署名運動が100日ぶりに41万人あまりが署名に参加するなど、国民の支持が集まっると、李会長は「李元大統領の功績を振り返ることだけに、責任を突き止め、歴史を確かめることも必要だ」と話した。
事業会は同日配布した報道資料の中で、「大韓民国は当時学生たちが流した血の対価として世界どの先進国にも劣らない民主化を遂げた。経済的にも主要20ヵ国(G20)首脳会議を開催するほどの大国に成長した」とし、4・19革命に意味を与えた。
事業会の金一柱(キム・イルジュ)事務総長は、「李元大統領は、生前に『私が受けるべき銃弾を君たちが受けた』『青年が不義に抗議しなければ希望がない』と述べるなど、4・19革命の意味を高く買い、学生たちの犠牲を残念に思っていた」と話した。これに対して4・19革命犠牲者遺族会は、「まだ声明内容などに関する検討が終わっていないので、今すぐのコメントは難しい」との明らかにした。
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