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北朝鮮の欺瞞術、今度も通用するか 米朝食料外交

北朝鮮の欺瞞術、今度も通用するか 米朝食料外交

Posted January. 31, 2011 09:11,   

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米国が最近、北朝鮮への食糧支援カードを検討したことで、米朝間の「食糧外交」第3ラウンドが始まった。米国は、96年に北朝鮮に初めて食糧を支援してから15年の間で2度も中断した経験がある。北朝鮮が「転用しておきながら大口をたたく」態度で一貫したためだ。

いつも先に助けを求めるのは北朝鮮だった。北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記は、90年代初め、ソ連と中国から経済支援が途絶え、94年に金日成(キム・イルソン)主席が死亡する危機に直面した。金総書記は、95年に北朝鮮全域に水害と自然災害が発生すると、幹部に「じっとせず、米国に泣き言を言え」と指示したという。

このため北朝鮮外務省は、「水災害対策委員会」を構成し、米国に助けを求め、クリントン政府は96年、国際世界食糧計画(WFP)を通じて食糧1万9500トンを支援した。米国は、これによって北朝鮮が94年の米朝枠組み条約を履行し、米軍の遺体の送還などのための4者会合に承諾することを期待した。クリントン政府は、支援量を97年17万7000トンから99年には69万5000トンに増やし、00年、米朝共同コミュニケを成功させた。

しかし、北朝鮮は、支援を受けた食糧を巧みに転用し、米国と国際社会の人道的支援の原則を無視した。

これに対する米国内の世論が悪化し、01年に発足したブッシュ政府は、食糧支援の規模を01年の35万トンから03年に4万トンに削減した。米議会は04年、北朝鮮人権法を通過させ、さらに高い配給の透明性を要求した。北朝鮮はこれを拒否し、05年にWFPの常駐職員の追放などで対抗したため、米国は06年分の援助中止を決めた。

06年11月、1回目の核実験を強行し、実力行使に出た北朝鮮は、08年に再び米国に助けを求めた。任期末、北朝鮮管理に乗り出したブッシュ政府は、前向きな対話政策を取り、WFPを通じて50万トンの援助を決めた。北朝鮮も、配給監視地域を拡大し、韓国語を使用する監視員の拡大などを約束し、計16万9000トンを受け取った。

しかし、09年序盤から、長距離ロケット発射や2度目の核実験を準備し、発足したばかりのオバマ大統領を手なずけようとした北朝鮮は、同年3月、配給透明性の約束を守ることができないとして支援団体を追放した。2度目の破局だった。

北朝鮮は昨年秋、ウラン濃縮計画(UEP)を公開し、ウラン濃縮用遠心分離機を米国に見せ、事実上、「食糧を与えなければ、ウラン爆弾で3度目の核実験をする」と脅迫した状態だ。同盟国の韓国が反対する状況で、米国がどのような選択をするのか注目される。



kyle@donga.com