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ヒディンク、アドフォカート監督、そろってロシア行き

ヒディンク、アドフォカート監督、そろってロシア行き

Posted June. 28, 2006 03:02,   

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▲ヒディンク→ロシア代表チーム、アドフォカート→プロチームのゼニトの監督に〓「放浪するオランダ人」。19世紀の作曲家リヒャルト・ヴァーグナーが1842年、ノルウェーの伝説を土台に直接台本を書いて曲を作ったオペラのタイトルだ。神様の呪いにかけられて死ぬこともできず、魂が放浪するオランダ出身の幽霊船の船長の切ない愛の物語だ。21世紀にも「放浪を楽しむオランダ人」がいる。彼はまるで伝説の中の幽霊船の船長が死ぬことができないように、サッカーを捨てられずにいる。

02韓日W杯で韓国を4強に導いたフーズ・ヒディンク(60)監督と06ドイツW杯で「太極(テグク)号」の船長を引き受けたディック・アドフォカート(59)監督が、その主人公だ。オランダ出身の2人の監督は7月、そろってロシアに渡る。ドイツW杯でイタリアの壁を乗り越えられず、8強進出に失敗した豪州代表チームのヒディンク監督はロシア代表チームの監督に、16強進出に失敗し韓国との契約が満了したアドフォカート監督はロシアプロリーグのゼニト・サンクトペテルブルクの監督に就任する。

ヒディンク監督はカリスマ、アドフォカート監督は知略家と言われるなど、違う点が多いが、人生の歩みでは似通ったところが多い。2人とも選手生活は母国のオランダでした。スタープレーヤーではなかった。鼻先にあるドイツ・ブンデスリーガーかイングランドのプレミアリーガーには近寄ることもできなかった。反面、指導者の生活は放浪の連続だった。

ヒディンク監督はトルコを皮切りにスペイン、韓国、豪州を経て再びロシアに移る。アドフォカート監督はスコットランド、ドイツ、アラブ首長国連邦を経ており、韓国に続いてロシア行きを選んだ。

▲アドフォカート監督、年俸19億ウォン…大統領が全幅支援〓どうしてロシアなのか。アドフォカート監督は27日、ソウル西大門区弘恩洞(ソデムング・ホンウンドン)のグランドヒルトンホテルで出国直前に行った記者会見で、「私はもう59歳だ。サッカー指導者として若い年ではない。それで契約を1年半だけにした。指導者生活の最後は、クラブチームで選手たちと思う存分走ることにしようと、昔から考えてきた」と話した。あたかもサッカー指導者としての人生を整理しようとするかの印象だった。

ヒディンク監督は、「私のサッカー人生の中で、後悔した選択はなかった。W杯は4年に1度開かれるもので、W杯が終わると、クラブ水準の日常に戻るようになる」と話し、彼にとってロシア行きは選択できるいくつかのカードの中の一つだったことを強調した。

「放浪するオランダ人」をロシアに導いたのは、巨額の年俸だった。

▲ヒディンク監督、年俸24億ウォン…専用機で出退勤〓ヒディンク監督のロシア代表チーム監督の迎え入れを主導し、250万ドル(約24億ウォン)に達する年俸を支給する人は、他ならぬイングランド・プレミアリーグのチェルシを03年に買収したロマン・アブラモヴィッチ(40)氏。ロシアの石油と鉄鋼財閥である同氏は、米経済専門誌「フォブス」が選定した世界11位のお金持ちで、推定財産だけで182億ドル(約17兆ウォン)だ。アブラモヴィッチ氏はヒディンク監督がオランダ・アムステルダムからロシアへ出退勤できるように、専用機まで提供することにしたという。自然にヒディンク監督はオランダ・PSVアイントホーヘン監督も兼職でき、「ツー・ジョブス」で彼の収入はさらに多くなる。ヒディンク監督は豪州からも年俸250万ドルをもらった。

アドフォカート監督の背景は、プーチン・ロシア大統領だ。アドフォカート監督が監督に就任するゼニトのフランチャイズはサンクトペテルブルクで、そこはプーチンの故郷であり、プーチンもゼニトの熱烈なファンだと知られている。ゼニトのスポンサーは、世界最大のガス会社であるロシア国営「ガスプロム」だ。大統領の意志によって、国営企業がサッカーチームを支援していると言っても過言ではない。韓国で9ヵ月間、7億2000万ウォンの賃金をもらったアドフォカート監督は、ロシアで200万ドル(約19億ウォン)の年俸をもらうことになっているという。



jeon@donga.com