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[オピニオン]オランダ人

Posted June. 26, 2006 07:49,   

한국어

サッカーのディック・アドフォカート監督とフース・ヒディンク監督は二人ともオランダ人だ。韓国サッカーはW杯ベスト16の入り口で挫折したが、誰も監督を責めたりしない。もし、ヨハネス・ボンフレールやウンベルト・コエリョ元監督が国家代表チームを指揮していたならどうだったろうか。ヒディンクが育てておいた韓国サッカーを、アドフォカートがアップグレードさせたことは確かだ。サッカーに関する限り、オランダ人とは縁もあり、「相性」も合うわけだ。

◆オランダ人は実用的で勤勉だ。食堂での「ダッチペイ(割り勘)」は、「オランダ式計算」を意味する。彼らの勤勉さは、「世界は神がつくり、オランダはオランダ人がつくった」と言う言葉が生まれたほどだ。外国の侵略と干渉に苦しんだ歴史のせいか、抑圧に抵抗する気質も有名だ。人道主義的思いやりもあって、ナチ時代にはユダヤ人を保護し、その後も、政治的亡命者を諸手をあげて歓迎した。このような点は韓国と通じるようだ。

◆オランダは開放の国だ。早くから海外市場に目覚め、日本の長崎まで行って貿易をした。日本との往来途中、1626年、風浪にもまれて済州島(チェジュド)に流れついた船員がウェル・テブレーだ。彼は訓練都監に配置され銃砲の業務に携わり、昔の中国との戦争の時は戦闘にも動員される。帰化して朴淵(パク・ヨン)となった彼は1653年、「同胞」船員であるハメル一行36名が漂着して来ると通訳をした。そのハメル一行はおおよそ13年間も、監禁、暴行、むち打ち、流刑、もの乞いのような惨めな待遇を受けた。そして脱出し、「ハメル漂流記」を書き、「閉鎖的な朝鮮(チョソン)」を世界に告発した。

◆すでに中国には西洋の宣教師たちが定着し、日本は欧州と貿易をしていた時代だ。朝鮮もハメルみたいな「オランダ人」を通じて世界に目覚め学ぶことができなかったのか。オランダ人との縁をよく生かしたなら、もっと早く「ベスト4神話」のような非常にめでたいことがあったかも知れない。アドフォカートとの別れる時をむかえ、またその国を思う。労組ストライキもほとんどなく、宗教紛争もなく、人種差別もしないオランダを。アデュー、アドフォカート!

金忠植(キム・チュンシク)論説委員 skim@donga.com