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暗鬱な時代に正義の光を放つ

Posted January. 14, 2006 03:01,   

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ソウル清渓川(チョンゲチョン)にある平和(ピョンファ)市場で22歳の若さを炎に投げ出した青年労働者全泰壹(チョン・テイル)は、民青学連事件の手配者、チョ・ヨンレによって、繊細かつ完璧に再現された。大学ノートに小さな字で書いた原稿は、暗鬱時代に知人の間で読まれ、1983年6月「全泰壹記念館建立委員会」を著者(編者)として出版された。『全泰壹評伝』の表紙に、実際に著者の名前が印刷された本が出版されたのは、残念ながら著者であるチョ・ヨンレ弁護士が他界してから3日後だった。『全泰壹評伝』は1960年代に平和市場の労働者たちの人間条件を取り上げた報告書であり、一人の労働者の悟りと実践的な生を取り上げた不朽のドキュメンタリーとして評価されている。

その『全泰壹評伝』の作家が『チョ・ヨンレ評伝』では主人公になった。チョ・ヨンレ弁護士は、一時代を太く短く、熾烈に生きて死んだ人だ。彼はソウル大の法学部生時代、3選改憲反対運動後、民主化運動の道程に乗り出した。司法研修院で研修中にソウル大生の内乱陰謀事件で拘束されて1年半間投獄されており、民青学連事件で手配されて6年間余りの逃亡生活を送った。1980年の復権後、司法研修院に復帰して弁護士資格を取得した後は、世を去るまで京畿道富川(キョンギド・プチョン)警察署の性拷問事件とソウル麻浦区望遠洞(マポグ・マンウォンドン)被災者集団訴訟などを担当しながら、人権弁護士として大きな足跡を残した。

暗鬱な独裁時代に人権弁論をともにしたホン・ソンウ弁護士は、毎年12月12日、チョ弁護士の忌日に 「追慕の集い」を開いている。『チョ・ヨンレ評伝』はチョ弁護士のソウル大法学部の1年後輩である安京煥(アン・ギョンファン)ソウル大法大教授が「追慕の集い」から評伝の執筆を依頼され、5年をかけて書いた作品だ。

1986年6月、富川警察署でムン・グィドンという警察官が、ソウル大衣類学科4年生のクォン・インスク氏を、他人の住民登録証を変造して就職した疑いで取り調べたさい、性的拷問を行うという前代未聞の事件が発生した。真夜中、警察署の取調室で起きたことだった。チョ弁護士はクォン氏事件の弁論文を夜を徹して書いた。タバコ1本吸うあいだに1字書き下ろすという遅筆だった。

「1段落を書いてから目で読み、引き続き声を出して読み上げる。それからまたペンを握りなおす…裁判当日、夜明けの鶏が鳴く声を聞くまで、ヨンレは心を傾けて加減・添削、推敲を繰り返えす」

チョ・ヨンレが執筆してホン・ソンウ、ファン・インチョル、チョ・ヨンレの3人が読み上げた弁論文は疑問文で始まる。

「全国民がその名を知らぬまま、その姓のみを知る名のない有名人、顔のない偶像になってしまったこの少女はだれか」

この弁論文は『全泰壹評伝』とともに、チョ弁護士がこの世に残した最も卓越した文書として評価されている。

ヘビースモーカーだったチョ弁護士は1990年12月12日、肺癌で世を去った。彼を倒した病名は「時代癌」。

著者は、チョ・ヨンレが生きた激動の時代を経験することができなかった若い世代たちをターゲットとして、評伝を記述したと言う。美文の法学教授が再現してみせた時代相の中で、熾烈な生を送って死んだ「美しい男」の人生が、精密に再現された。時代の良心を全身で具現し、かつ偏った理念のわなに陥らなかった「統合的知性」の面貌がいきいきと伝わる。チョ弁護士が妻に残した最後の手紙は、こんな言葉で終わっている。

「こんなに、夕暮れの潮のように静かに、切ない懐かしさが押し寄せる瞬間の中で、私はどのときよりも、あなたと私が一つに溶け込んでいるということをはっきり実感している」

チョ・ヨンレが43歳で世を去ってから15年、「世の中を変えた美しい熱情」(副題)は生き残った人たちの共同の記憶となった



hthwang@donga.com