Go to contents

「北朝鮮政治局候補委員だった」宋教授が自供

「北朝鮮政治局候補委員だった」宋教授が自供

Posted October. 01, 2003 23:14,   

한국어

親北朝鮮活動の容疑を受けている宋斗律(ソン・ドゥユル)独ミュンスター大学教授が、北朝鮮の朝鮮労働党序列23位の政治局候補委員であると同時に党中央委員の「金チョルス」であるという事実を国家情報院(国情院)に供述したことが1日明らかになった。

国情院側は、宋教授事件を起訴と公訴保留の両意見とともに同日検察に送検したことから、検察の最終判断が注目される.

▲国情院の情報委報告〓宋教授は73年9月に初めて訪朝して労働党に入党した。その後、今年3月まで18回にわたって韓国に対する工作活動などの目的で訪朝したことが、国情院側が同日国会情報委員会に提出した報告書で明らかになった。野党ハンナラ党の情報委幹事・鄭亨根(チョン・ヒョングン)議員が伝えた。宋教授はまた、91〜95年まで毎年2万〜3万ドルを研究費の名目で受け取るなど、北朝鮮側から合わせて約15万ドルを受け取っていたことを自供したという。

鄭議員が伝えたところによると、高泳耇(コ・ヨング)国情院長は国会情報委国政監査で「先月23日から27日まで宋教授を召喚して取り調べた結果、このような事実を本人の自供で確認した」とし「逃走及び証拠隠滅の憂慮がなく、在宅起訴要求とともに宋教授事件を検察に送検した」と述べたという。

宋教授は、ドイツ滞在当時、ソウル大学出身の在独北朝鮮工作員の李在元(イ・ジェウォン、71)氏に誘われ、モスクワを経由して73年に北朝鮮に入国、招待所で主体(チュチェ)思想と工作員教育を受けて労働党に入党した。

宋教授はその後94年7月の金日成(キム・イルソン)主席死亡の時、「金チョルス」という名で北朝鮮の葬礼委員会委員に選ばれたことを在独北朝鮮工作員から知らされ過程で、自身が91年の政治局候補委員に選ばれている事実を知ったと供述したという。

宋教授はまた、96年8月の父親死去の際、在独北朝鮮工作員を通じて1500マルクの弔慰金を受け取り、さらに労働党結党日や金正日(キム・ジョンイル)総書記の誕生日には直筆で「(金正日)将軍様、萬壽無彊(寿命が永遠なること)祝願文」や「忠誠誓約文」を10余り作成して北朝鮮に送ったという。

▲宋教授の司法処理論議〓国情院は1日、宋教授の親北朝鮮活動容疑に対する取り調べを終え、起訴要求とともに事件を検察に送検した。

国情院は宋教授を取り調べた結果、国家保安法上△反国家団体加入(北朝鮮労働党加入—3条1項2号)△特殊脱出(招請による北朝鮮訪問—6条2項)△会合・通信(金日成主席などに会った点—8条1項)△金品授受(北朝鮮で飛行機代などを受け取った点—5条2項)などの容疑を確認したと明らかにした。

しかし国情院は、起訴要求を検察に出しながらも、「宋教授がもう少し真剣な反省態度を示し、韓国の太陽政策に積極的に呼応するなら、公訴保留も可能だ」という内容を異例的に添付した。

宋教授事件の送致を受けたソウル地検公安1部(呉世憲部長検事)は、今週中に宋教授を召喚し、容疑を否認している「労働党政治局候補委員」かどうかなどについて集中的に取り調べる方針だ。検察は、このため3日で満了になる宋教授の出国停止期限を法務部に依頼して延長する案を検討中だ。



李承憲 ddr@donga.com jefflee@donga.com