3日、放送されたKBSスペシャル「世の中のすべてのラーメンボックス」は、都心の裏通りでラーメンボックスを拾って生計を立てるお婆さん5人の生を静かに描いた。このドキュメンタリーで独特だったのは、ナレーションの代わりに民謡がお婆さんたちの生を「口述」したという点だ。お婆さんが引くリヤカーの後ろから、お婆さんが寂しく眠った部屋から、ラーメンボックスがリサイクル再生される工場の機械の後ろから、忽然と美しい歌声が流れた。
その歌い手は金ヨンウ。舞台の上で3時間も歌を歌った後にも、「もっと歌いましょうか」と興じて走り回る彼が、今年でデビュー10年を迎えた。30日午後7時半、ソウル瑞草洞(ソチョドン)にある国立国楽院の礼楽院では、記念公演「10年ジギ」が開かれる。
●民謡採集の過程で歌い手に
金さんが民謡に目覚めたのは1987年だ。忠清南道礼山(チュンチョンナムド・エサン)で農村活動をしている途中「田の草取り歌」など農歌の素朴な味にはまってしまった。それから、金さんはテープレコーダー一つを持って全国を回りながら、8年間民謡を集めた。
「歌を集めながら一番大変だったのが食事をすることでした。いつも大盛りでご飯をくださるのに、これをすべて食べなければ歌を教えてくれないというのです。夜中までお年寄りたちと酒を飲み、歌い踊って遊んだのが、私の人生で一番幸せな時でした」
国楽の室内楽グループ「スルギドゥン」で活動した金さんは1996年初め、アルバム「チゲソリ」をリリースし、歌い手にデビューした。
「私のデビューアルバム『チゲソリ』は、忠清南道泰安(テアン)のコ・ソンギュ翁が教えてくれた歌でした。この曲の半音表現を私なりに解釈して歌ったのですが、後でお爺さんから『どうして私の歌をこんなにだいなしにしてしまったのか』と怒られました。その時にパッと閃きました」
金さんはその後、民謡の歌詞とメロディーは絶対に変形させずに、伴奏や唱法の変化を通じて新しさを感じさせるという原則を立てた。
●ファンクラブ3700人もいる歌い手
インタビューのために会った金さんは、透き通って見えるタイ風の服を着ていた。伝統民謡をジャズやアカペラ、ニューエージスタイルで歌う破格を試み、身なりやヘアスタイルも自由を追求する金さんにはファンが多い。
インターネット・ポータルサイトの「ダウム」カフェに開設されたファンクラブには、10代から80代まで会員が3700人だ。ファンはまだ独身である金さんのためにキムチ、みそ、米など食べ物もプレゼントするという。
「国楽系には師匠と弟子はあっても『ファンクラブ』は容易でないのに、私は本当に恵まれた歌い手です」
今回の公演で、金さんは1集「チゲソリ」から昨年売り出した5集「オイ・オルジャリ」までこれまでのヒット曲を含めて、ピアノ演奏で始まる済州(チェジュ)民謡「ノヨン・ナヨン」、レゲーリズムが加わった「シナウェギソリ」など新曲を歌う。
「フュージョン国楽をするといっても絶対に国籍不明の音楽をしてはなりません。『ワールドミュージック』という英語で歌ったり西洋音階的なハーモニーに従ったりしてできるものではありません。わが音楽にしっかりと根付いた状態で、きちんと知らせなければなりません」
2万〜4万ウォン。1544—7890。
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