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[オピニオン]張俊河の石枕

Posted August. 17, 2015 07:13,   

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聖書の「創世記」に出てくるヤコブは、兄に命を狙われて逃亡し、石を枕に野宿する。夢に現れた神はヤコブに、「貴方が今横たわっているこの土地を貴方とその子孫に与えよう」と約束する。キリスト教徒の家に生まれた張俊河(チャン・ジュンハ、1918〜1975)の胸にこの話は深く迫ったようだ。中国大陸で祖国を取り戻すために戦った頃の苦難を石枕にたとえた。その頃のことを回顧する本のタイトルもそう付けた。

◆張俊河は、日本軍の学徒兵として配属された中国・徐州で1944年7月に脱営し、6000里の険しい長征の末、1945年1月に重慶の大韓民国臨時政府に到着した。望んでいた光復軍に入り、米戦略情報部隊OSSの訓練を受けた。後日、高麗(コリョ)大学総長を務めた金俊鎏(キム・ジュンヨプ)は、共に訓練を受けた同志だ。ある冬の夜、張俊河は雪原で凍死しないために金俊鎏と抱き合い、「俺たちは二度とだめな先祖になってはならない」と誓った。吹きつける風の中、雪を枕に夜を明かしたが、歯を震わせたのはむしろ祖国のない悲しみだった。

◆同じく日本留学生だった春園・李光洙(イ・グァンス)は、石枕で長閑な休息を連想した。小川で石を持ってきて枕にするとは実にいいという随筆も残した。漢詩にある「高枕石頭眠(石枕を高くして眠る)」という一節を引用して、山道で重い荷物をおろし、石枕で寝る人は非常にすがすがしく見えるとも言った。上海臨時政府機関紙「独立新聞」の主筆も務めたが、変節したため、石枕の意味も光復軍とは違ったのだろう。

◆光復(日本の植民地支配からの解放)後、張俊河は雑誌「思想界」の発行人として権力を牽制・批判し、知識人社会に大きな影響を与えた。政治の世界に飛び込み、朴正熙(パク・チョンヒ)政権時代は目の上のこぶのような存在となって圧力と弾圧を受けた。1975年8月17日、京畿道抱川(キョンギド・ポチョン)の薬師峯で登山中に疑問死して40年。他殺の可能性が疑われたが、真相はまだヴェール中にある。張俊河が光復70年が経った昨今の現実を見て、石枕で「風餐露宿(風にさらされ、露に濡ぬれて野宿すること)」した甲斐を感じるだろうか。

韓起興(ハン・ギフン)論説委員 eligius@donga.co



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