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[オピニオン]鄭東泳に15年ぶりに復讐した権魯甲

[オピニオン]鄭東泳に15年ぶりに復讐した権魯甲

Posted March. 23, 2015 07:19,   

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鄭東泳(チョン・ドンヨン)元国会議員が今年1月、最大野党新政治民主連合を離党した時、自分を育ててくれた党をあれほど簡単に切り捨てることができるのかと驚いた。しかし、さらに驚いたのは大衆の無関心だった。鄭東泳は誰なのか。新政治連合系政党で議長(代表)を2度も歴任し、長官や大統領選挙候補まで務めた人だ。ところが怒る人も、残念がる人もほとんどいなかった。孫鶴圭(ソン・ハッキュ)が2007年、ハンナラ党を離党した時とは全く違っていた。当時、孫鶴圭はひどく悪口を言われた。残念がる人も多かった。

◆なぜ、これほど差があるのか。未来価値のためではないかと思う。孫鶴圭は当時、与党ハンナラ党の大統領選挙候補の1人だった。ハンナラ党にずっと留まっていたなら、さらに大きな役割を果たしていたはずだし、野党に行っても大統領選挙候補になったり、うまくいけば大統領になるかも知れないと、人たちは思っていた。しかし、新政治連合では鄭東泳の価値はほとんど消滅している。進歩政党の立ち上げを狙う「国民の会」で、枯れ木に花を咲かせる政治的立ち直りを果たすだろうと予測する人など余りいない。

◆権魯甲(クォン・ノガブ)新政治連合顧問は最近、メディアとのインタビューで鄭東泳の離党について、「あるまじきことであり、許すわけにはいかない」と語った。2000年8月、「40代の旗手論」を掲げて新千年民主党の最高委員になった鄭東泳は、同年末、金大中(キム・デジュン)大統領主宰の大統領府の晩餐会で、東橋洞(トンギョドン)系の専横を問題に取り上げ、「東橋洞系の長兄」ともいわれていた権魯甲の第1線からの退陣を露骨に要求した。民主党の整風運動の引き金となり、鄭東泳は一躍スターに浮上した。権魯甲の発言を巡って、政治圏では、「15年ぶりの仕返し」という言葉が出ている。

◆キム・セギュン国民の会創立準備委共同委院長が、鄭東泳に4.29ソウル冠岳(クァンアク)乙国会議員補欠選挙への出馬を勧めているという。権魯甲顧問は、「野党圏を分裂させれば、政治生命は終わるだろう」と警告し、キム・セギュンは、「15年前の恨み返しのようだ」と批判した。鄭東泳は大統領選挙で敗北した後、彼を支持していた人たちをさらに失望させる道へと進んだ。彼がどんな選択をせよ、政治的立ち直りとは程遠い。

李進寧(イ・ジンニョン)論説委員 jinnyong@donga.com