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端宗の最後の住まい「寧越府官衙」史跡に指定

端宗の最後の住まい「寧越府官衙」史跡に指定

Posted March. 10, 2016 07:15,   

Updated March. 10, 2016 07:31

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「月の明るい夜にホトトギスがさえずり合う時/憂いのあまり楼に頭を寄せ/鳴き声がとても悲しく、私も苦しい」

李氏朝鮮の第6代国王、端宗(タンジョン、1441~1457年)が死の直前に詠んだ詩「子規詩」だ。子規(ホトトギス)の悲しい鳴き声で自分の境遇をほのめかした。端宗が子規詩を詠んだ江原道寧越郡(カンウォンド・ヨンウォルグン)の「寧越府官衙」内の楼閣は子規楼と名づけられた。17才の青年だった端宗は、1457年に毒薬で死ぬ直前、子規楼にしばしばのぼって、悔恨を吐露した。

文化財庁が8日、寧越府官衙を国家指定文化財史跡第534号に指定した。ここは、朝鮮時代に寧越府を管轄した行政官庁で、端宗が最後に居住した場所だ。現在、寧越府官衙には役人の宿舎に使われた客舎と子規楼が残っている。

1396年(太祖5年)に建設され、1791年(正祖15年)に修復された客舎は、西翼軒と中央正庁、東翼軒で構成されている。このうち観風軒で端宗が暮らしたとされる。端宗は1457年6月、寧越清冷浦(チョンリョンポ)に追放されたが、洪水で住まいを寧越府官衙に移した。

文化財庁は、「寧越府官衙は、朝鮮末期の修復当時の姿を維持しており、端宗のつらい人生を物語る歴史的な場所という点で、国家史跡に指定された」と明らかにした。



김상운 キム・サンウン記者 기자sukim@donga.com