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辺境の「砂時計検事」から「右派ストロングマン」に、自由韓国党の大統領選候補に洪準杓氏

辺境の「砂時計検事」から「右派ストロングマン」に、自由韓国党の大統領選候補に洪準杓氏

Posted April. 01, 2017 08:17,   

Updated April. 01, 2017 08:18

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「与野政党史上初めて派閥なく『特攻隊』で大統領候補になった」

31日、与党自由韓国党の大統領選候補に選出された洪準杓(ホン・ジュンピョ)慶尚南道(キョンサンナムド)知事が、受諾演説で言った言葉だ。洪知事は、朴槿恵(パク・クンへ)前大統領の弾劾と拘束で委縮した保守を再起させ、周辺4強(米、中、日、露)の首脳と「勝負」する「ストロングマン」になると言い放った。

大邱(テグ)嶺南(ヨンナム)高校、高麗(コリョ)大学法学部行政学科を卒業した洪知事は、国会議員(当選4回)と慶尚南道知事(民選5、6期)を務めた。つけ毛の商売をしていた母親と日当800ウォンで造船所で鉄片を扱う父親のもとで育った。自ら「貧乏出身」と言う。洪知事は、貧しい環境を乗り越えて大統領選候補にまでのぼりつめたのは「夢があったからだ」と話した。

洪知事は、万年非主流で、自らを「辺境」と呼ぶ。辺境から中心に入る機会があったが、常に危機を迎えた。1993年、ソウル地検(現ソウル中央地検)検事だった洪知事は、「スロットマシン事件」の捜査を担い、当時実勢だった朴哲彦(パク・チョルオン)元議員を拘束した。その後、人気テレビドラマのモデルになり、「砂時計検事」というニックネームがつけられた。しかし政権にとっては「邪魔者」となり、検察を去ることになった。

金泳三(キム・ヨンサム)元大統領に誘われて1996年に政界入りして以降、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府に対する「狙撃手」役となった。2007年の大統領選では、李明博(イ・ミョンバク)候補のBBK疑惑の対応を総括して政権創出に貢献したが、自己主張が強い洪知事は重用されなかった。洪氏は法務部長官を希望したが、李氏から環境部長官を提案され、すぐに断った。

 

2011年7月、浪人の末、政権与党のハンナラ党代表に選出され、政界の中心に立つ機会をつかんだが、ソウル市長補欠選の敗北と中央選挙管理委員会のDDoS攻撃問題などで159日で退いた。

 

2012年4月の総選挙に敗北した後、同年12月に慶尚南道知事補欠選挙で当選し、再起に成功するかに見えたが、翌年「成完鍾(ソン・ワンジョン)ゲート」に関連したとして起訴され、「実家」である検察と対決しなければならなくなった。先月の控訴審で無罪を言い渡され、18日に大統領選出馬を宣言し、その13日後に自由韓国党の「看板」として再び中心に立った。



宋贊旭 song@donga.com