Go to contents

[東京小考]世界遺産の「光と影」を認め合う度量

[東京小考]世界遺産の「光と影」を認め合う度量

Posted July. 09, 2015 07:23,   

한국어

 この月曜日、カナダで行われた女子サッカーのワールドカップ決勝戦に日本中の目が釘付けになったが、米国に思わぬ大敗を喫してがっかりさせられた。

だが、その前夜、ドイツから飛び込んだニュースには日本の各地が沸いた。韓国との協議が難航し、延長戦に持ち込まれていたユネスコの会議で「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録が決まったからだ。私もテレビのテロップを見て、思わず「やった」と声を上げた。

いや、私がそれほど世界遺産に思いを寄せていたわけではない。万一、日韓の溝が埋まらぬまま、この登録が見送られたら、両国関係はいよいよどん底に陥り、日本の嫌韓感情は一気に広がりかねない。それが怖かったのだ。さらに、そんな結果に終わったら、今日の私のコラムには書く言葉が見つかるまい。告白すれば、そんな心配もしていた。

 とはいえ、私は最後に妥協できると見ていた。6月22日の国交正常化50周年にあたってユン・ビョンセ外相が初めて来日し、双方の妥協で打開する合意ができていた。ソウルと東京で開かれた50周年記念行事には朴槿恵大統領と安倍晋三首相がそれぞれ出席し、久々に友好ムードを演出した。それなのに、この問題が再び暗転してご破算になったのでは両首脳の面子も丸つぶれとなる。せっかく明るい兆しが見え始めた関係をぶち壊すリスクは互いによくわかっているはずだと信じていたのだ。

 さて、妥協が成立してみると、両国内からは、勝った、いや負けた、だまされた、屈辱だ、などと不協和音も奏でられている。それはいかがなものだろう。

 妥協の核心は、韓国がこだわった「強制労働」(forced labour)という言葉を使わぬ代わりに、日本側が以下の表現を用い、遺産の説明に加えることを表明したところにあった。

……多くの朝鮮出身者などが「その意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた」(brought against their will and forced to work under harsh conditions)。

普通に考えれば、これは「強制労働」の要約だと言って間違いなかろう。事実、韓国政府は日本が強制労働を認めたと成果をPRし、メディアも歓迎した。日本の中からは「譲りすぎた」「日本外交の失態だ」と責める声も出た。

一方、日本の外交当局としては「強制労働」という言葉が避けられたことを重視する。徴用工の補償をめぐる裁判や政治問題に波及するのを防ぎたかったからで、そのためにぎりぎりの表現を探したわけだ。そこで日本側が改めて「強制労働ではない」と説明すると、今度は韓国側から「話が違う」「外交の失敗だ」などの反発が出る。

だが、こうした応酬を繰り返すのは不毛だろう。重要なのは、輝かしく見える日本の近代化の影に、朝鮮民族が強いられた悲しい犠牲や貢献もあったということである。強制労働という言葉は避けながらも、その事実を日本側が認め、世界にも印象づけたのは間違いない。

世界遺産に登録される施設には、炭鉱の島だった長崎県の端島(通称、軍艦島)が含まれている。廃墟の島として知られるこの名所を、私も船で見に行ったことがある。

ここで過酷な暮らしを強いられた朝鮮の労働者が、命からがら島から泳いで脱出した末、原爆で命を落としてしまう。そんな悲劇を描いた韓水山氏の小説『軍艦島』(原題「カラス」)を読んだときは胸の裂ける思いがした。

そんな負の面を見ようとしない日本人が多いのは事実だが、韓さんは小説の取材にあたって日本人の大きな協力を得たことや、日本の読者から感動的な投書が寄せられたことを私に話してくれた。決して日本人が全く無理解なわけではない。

今度の世界遺産登録を機に、近代化の影の部分を知ることが日本には必要だ。そして、そのためにも韓国には日本近代化の光の部分を評価してもらいたい。せっかくの妥協で問われるのは、互いのそんな度量ではないか。

そうそう、言い忘れていたが、百済歴史遺跡地区の世界遺産登録を、私も心からお祝いしたい。

(若宮啓文 日本国際交流センター・シニアフェロー、前朝日新聞主筆)