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[東京小考] ‘韓国よ、がんばれ!`

Posted May. 08, 2014 07:33,   

Updated January. 01, 1970 09:00

한국어

 何といういたましい事故、いや事件だろう。あってはならないことだった。観光船セウォル号の沈没である。

あの日、私はソウルで事故を知り、いたたまれない思いでテレビにくぎ付けになった。数日後に東京へ帰ったが、以来この事件が日本で報じられない日はない。韓国に縁の深い隣人の一人として、私もまたつらい日々である。

さまざまな映像が伝えらるなか、激しく傾く船室で交わされた高校生たちの会話ほど、胸に迫るものはない。「船が沈んじゃうよ」「僕たち死んじゃうのかな」「怖いよ」「お父さん、お母さん、愛しているよ」

わくわくする修学旅行が一転して悲劇のるつぼと化し、無限の可能性を秘めた若者たちの未来が消えてゆく。その間にも「船内から動かないでください」という放送…。高校生たちの会話は、沈みゆく船の映像とともに、韓国の悲劇として長く後世に伝えられるだろう。いや、そうしなければなるまい。

明るみに出た問題点は、これでもかというほど重なっている。

船は、なぜ屋上に客室を建て増していたのか。なぜ重量制限を無視して、信じられないほどの荷を積んで平気だったのか。港の担当官たちがそれを見過ごしていたのはなぜか。積み荷はどうしてしっかり固定されていなかったのか。

船長はなぜ休憩し、若い航海士に操縦を任せていたのか。船長も乗組員も、なぜ乗客をしっかり誘導しなかったのか。「船室から出るな」と放送し続けたのは、なぜなのか。船長が率先して逃げ出すなどということが、ありえるのか。遭難訓練はしていなかったのか。

海洋警察などの救助があれほどもたついたのは、なぜなのか。日本などの救援を受け入れなくてよかったのか。

疑問の数々は私がここで挙げるまでもなく、韓国の中で連日詳しく論じられている。いまさら日本人から傷口に塩を塗り込まれたくない、と思われるかもしれない。だが、私もこの気持ちをぶつけなければ、ほかのテーマに筆が向かない。犠牲者たちに深く哀悼の意を表するとともに、韓国よ、こんな国ではないはずだろうと、心の底から呼びかけたい。

私が初めて韓国の土を踏んだ1979年以来、この国に悲しいできごとは数々あった。市民に軍隊が銃口を向けた光州事態。北朝鮮のテロに見舞われたラングーン事件や、大韓航空機の爆破事故。最近では哨戒艦「天安」の爆破、そして延坪島への砲撃。その度に、この国ならではの悲劇に同情を寄せてきた。

だが、今度ばかりは違う。一発の砲弾も銃弾も飛ぶことなく、爆破装置が仕掛けられることもなかった。嵐に見舞われたわけでも、障害物があったわけでもない。それなのに、白昼、これだけの貴重な命がみすみす奪われた。

韓国には徴兵制がある。愛国心の強さでも日本を圧するように見られる。だが、「人の命を大事にする」ことが、これほどおろそかにされていたとは。職業的モラルがこれほど薄かったとは…。敵は自らの中にいたのではないか。いざという時に、韓国は本当にしっかりと国を、いや国民を守れるのか。

このごろの日本では「嫌韓」の空気が膨らんでいたが、それでもなお韓国に親近感をもつ人々は数多い。今度の一件はそんな人々を少なからず落胆させた。韓国は、こんな国だったのか、と。

だが、そのことはいま、誰よりも韓国の人々が自らいちばん痛感していることだろう。自らを「三流国家だったのか」と嘆き、子供たちの命を奪った大人社会の罪を問う。韓国でこれほど自分たちを責める姿を見たことはない。

そうである。この事件は韓国社会のあり方を根本から考え直す機会を与えてくれたのだ。これを奇禍として、自分たちの手で立て直すしかない。忘れられたものを取り戻し、創り出すしかない。

3年前、東日本大震災で打ちひしがれた日本に、韓国の人々は熱い声援を送ってくれた。私たちはいま、お返しをしたい。韓国よ、がんばれ!

(若宮啓文 日本国際交流センター・シニアフェロー、前朝日新聞主筆)