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生徒らを先に助けようとした女性乗組員が遺体で発見 旅客船沈没事故

生徒らを先に助けようとした女性乗組員が遺体で発見 旅客船沈没事故

Posted April. 17, 2014 03:29,   

Updated January. 01, 1970 09:00

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「救命胴衣を先に着せ、最後まで安心させていた乗組員のお姉さんが脱出できなかったなんて…」

16日午前9時ごろ、全羅南道珍島郡(チョンラナムド・チンド)の海上で沈没していくセウォル号で、乗組員のパク・ジヨン氏(23、女)は、生徒らを先に救助しようとした末、死亡したことが確認の結果分かった。パク氏は、船が45〜60度も傾いていた状況の中、3階の食堂(売店)で、キム・ドヒョンさん(17)など、生徒20数人を安心させた。当時、船体の内部が傾き、食器が割れ、ソファも滑り落ちる阿鼻叫喚の状態だった。船体が激しく傾き、生徒らは動くことができなかったのに、食堂には救命胴衣すらなかった。

パク氏は、生徒らが身につける救命胴衣を探しに、船室のいたるところを歩き回った。船舶事故時の「命綱」ともいえる救命胴衣を確保してきたパク氏は、生徒らに次々と着せた。その後、テーブルに体を寄せていたり、手で持ちこたえている生徒らに近づいた。パク氏は、恐怖のため涙を流している生徒らに、顔を向けて笑いながら、「安心してね、私たちは皆、救助されるはずだから」と慰めた。

生徒らは、「皆様、動かないでください」というアナウンサーにしたがって、横になってテーブルなどに頼り、力を絞って体を支えていた。しばらく耐えていたが、船体に水が入り始めた。沈没直前の状況が迫ると、パク氏は生徒らに、「早く海に飛び込みなさい」と叫んだ。生徒らは、傾いた船体を全身で進みながら、海に向け脱出した。生徒らは、周辺で待機していた複数の漁船によって救助された。しかし、生徒らに救命胴衣を着させ、励ましていたパク氏はその後、行方が分からなくなった。

パク氏は同日正午ごろ、海洋警察によって冷たい遺体となって見つかった。全羅南道・珍島韓国病院で治療を受けていたキム・インギョンさん(17)は、「皆が怖がっている状況の中で、お姉さん1人だけが私達に勇気を与えてくれた。なのに、その本人は船から抜け出せなかったなんて、信じられない」と涙を流した。

事故当時、3階の食堂には、乗組員のカン・へソン氏(33)が、避難の案内放送をした。カン氏も沈没する船で、最後まで避難の案内放送をした後、一番最後に脱出した。カン氏は同日午後2時、珍島室内体育館に運ばれたが、海水に長い間漬かっていたため、激しい低体温症状を見せている。カン氏は、5人の医療陣から集中治療を受けており、かろうじて「亡くなったパクさんと一緒に、2人で3階の食堂で生徒らを保護していた。パクさんが亡くなるなんて、残念でならない」と話した。治療を受けていたカン氏は、まもなく病院に救急移送された。