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100年間、刑場をさ迷う大韓軍人…故国に迎える日が来るのか

100年間、刑場をさ迷う大韓軍人…故国に迎える日が来るのか

Posted March. 26, 2010 03:01,   

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「10時20分、安の死体は監獄署で調製した寝棺に入れられ、白布に覆われて教会堂に運柩された。共犯者の禹徳淳(ウ・ドクスン)、曹道先(チョ・ドソン)、劉東夏(ユ・ドンハ)の3人に礼拝させ、午後1時、監獄署の墓地に埋葬した」

日本の外務省外交史料館が所蔵する関東都督府(日本軍の植民行政機関)の安重根(アン・ジュングン)義士死刑報告書は、1910年3月26日当時の状況をこのように記述している。しかし、安義士を埋葬したという「監獄署の墓地」はまだ明らかになっていない。日本政府が決定的な資料を持っていると推定されるが、いまだ「要請があれば(資料協力を)検討する」という原則的な返答だけで、具体的な遺体埋葬の位置を明らかにしていない。

●政府、合同遺体発掘推進団を構成

政府はまず、日本と中国に対して外交努力を行い、これらの国が保有する安義士の遺体埋葬に関する資料の発掘に乗り出す予定だ。関連資料の一次収集の後、これを土台に適切な遺体発掘作業に着手するという。

このために、外交通商部は25日、国家報勲庁が関係省庁や専門家で構成する合同遺体発掘推進団の対外活動のための支援チームを設置する予定だと明らかにした。柳明桓(ユ・ミョンファン)外交部長官は、先月11日に日本の岡田克也外相に、安義士の遺体発掘に協力するよう要請し、岡田外相は「調査する」と答えたという。

外交部関係者は、「日本政府が(安義士遺体関連)資料が『ない』と言わず『確認されていない』と説明しており、注目している。可能性が1%でも、最後まであきらめないのが私たちの責任だ。日本が協力することを期待している」と話した。これに先立ち、日本外務省の側嶋秀展副報道官は24日、「これまで外務省を中心に関係省庁が確認作業をしてきたが、残念ながら埋葬地に関する資料は発見されなかった」と明らかにした。

中国は、日本に比べて協力的な姿勢を見せているが、安義士が黄海道海州(ファンヘド・ヘジュ)出身なので、北朝鮮との関係を考慮して慎重な態度を示している。中国は、南北共同調査または、北朝鮮が同意する場合、韓国の単独調査に協力するものとみられる。

●これまでの遺体捜索はすべて失敗

政府は、93年から日本政府に安義士の遺体埋葬地の関連資料を要請したが、返ってきた回答はいつも「不可」だった。08年3月には再度日本政府に資料を要請したが、「文書整理の際に探してもなかった」という返事だけだった。

92年、中国との国交回復後に一部関連資料が発掘され、安義士の遺体埋葬推定地の現地調査も行われた。韓国と北朝鮮は05〜07年、数回にわたって実務作業を実施した後、共同調査団を構成して旅順監獄現地を調査したが、特に成果はなかった。

政府は08年、地質資源研究所の専門家5人と探査装備を使って、旅順監獄西北の野山(約6600平方メートル)で発掘作業を始めたが、動物の骨片や1000点余りの日本植民支配期の陶磁器のほかに人骨は発見されなかった。

●安義士遺体はどこに…

では、安義士の遺体はいったいどこにあるのか。何より、旅順監獄の近隣に埋まっている可能性が高い。しかし、日本政府が当時敏感だった国際ムードを考慮して、別の場所に移した可能性もなくはない。

旅順の監獄で処刑された友党の李會栄(イ・フェヨン)の孫の李グクソン氏(66)は昨年、「13才の時、父とともに安義士の墓地に行ったことがある。40年代に旅順監獄に勤めた日本人医師の古賀初一の回顧録に記録された安義士の墓地の位置と一致する」と主張した。李氏が入手した日本人医師の回顧録には、「安重根氏が監獄から300メートル離れた墓地に埋められた」と記録されている。



pen@donga.com