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プレビュー「殺人の思い出」

Posted April. 17, 2003 22:18,   

Updated January. 01, 1970 09:00

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プレビュー「殺人の思い出」

#スリラーなのか、政治映画なのか

映画評論家のシム・ヨンソプ氏はこの映画について、「巨大な政治映画のようだ」と語った。連続殺人事件が映画の中心だが、テーマではないからだ。ボン監督が、「80年代を正面から見つめる映画になるだろう」と言ったように、この映画は「犯人」よりもこの事件に反応する周辺人物と社会に焦点が当てられている。

最も有力な容疑者が、映画のクライマックスで登場するのもこのためだ。スリラーの公式に忠実であるなら、犯人は少なくとも中盤には登場して、観客と頭脳ゲームをしなければならない。

しかしこの映画は、誰が見ても犯人ではない容疑者を拷問して、自白させる過程に焦点が合わせられている。

ボン監督は、「時代を先取りする殺人魔を捕まえるのに、力不足だった世の中を描こうと思った」と語った。警察の無能さがまさに公権力の無能さであり、社会全体の無能さであるということだ。

#80年代、合理と非合理がないまぜになった…

この映画は「田舍刑事」朴トゥマン(ソン・ガンホ扮)と「ソウル刑事」ソ・テユン(金サンギョン扮)が、連続暴行殺人事件を追跡する「ボディ・ムービー」形式だ。朴トゥマンの「六感捜査」とソ・テユンの「科学捜査」は序盤からかみ合わない。朴トゥマンは、犯人が捕まらないと占い師を訪れ高いお守りまで買うが、ソ・テユンは「文書は絶対嘘をつかない」という捜査哲学のもと、資料を分析して事件に接近する。しかしいずれも犯人を捕まえることができないのは同じこと。いつのまにか2人は、軽蔑して見向きもしなかったのに、互いに少しずつ似てくる。

これは合理と非合理が混在した80年代の現実を示している。朴正煕(パク・チョンヒ)大統領殺害事件後に迎えた「80年の春」もつかの間、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権の登場で80年代の韓国社会は、真冬に突入した。このようなテーマ意識は、「トンネル」の隠喩に凝縮される。トゥマンとテユンが、有力な容疑者ヒョンギュン(朴ヘイル)と格闘するクライマックスで、ヒョンギュンはトンネルへ悠々と消えていく。暗黒の空間であるトンネルの中で、我々は実体をしっかりと見ることができない。この映画は80年代というその暗いトンネルを、我々がどのように通ってきたのか思い出させる。

#やはり!ソン・ガンホ。そうだ!金サンギョン

「殺人の思い出」の朴トゥマンは、ソン・ガンホが今まで見せてきたすべてのキャラクターがバランスよく溶け込んでいる。正義よりも刑事という職業のために犯人逮捕に没頭する朴トゥマンは、ソ・テユンとの呼吸の中で、以前の軽さを捨てて、真剣に事件に取り組む。なかでもヒョンギュンとの格闘シーンで、ヒョンギュンの胸ぐらをつかんだ彼が、怒りと寂しさが入りまじた表情で「メシは食っているのか」と聞くシーンは出色だ。金サンギョンは、初めはソン・ガンホよりも目立たなかったが、犯人の実体に近づくにつれ変化していくソ・テユン役を無難に消化した。25日封切り。15歳以上観覧可。



金秀卿 skkim@donga.com