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調味料、トンカツ…日常に定着した「翻案」された近代化

調味料、トンカツ…日常に定着した「翻案」された近代化

Posted August. 18, 2018 07:13,   

Updated August. 18, 2018 07:13

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「洋服を着た人のズボンにデニムを結ぶべきか/…燕尾服を着てロバに乗ってこそ格式あることになるのか」

1930年代に流行った「見苦しい主題歌」だ。日本と西洋から渡った近代文物と朝鮮の伝統とが、植民地朝鮮で衝突する姿を「見苦しい」と風刺したものだ。

目新しいことではないが、韓国の近代は「植民地近代」から始まった。日本帝国主義によって強占された韓国は、日本を通じて西欧の近代文物を受け入れた。芸術だけでなく、言語、技術、学問、宗教など各分野の植民地的近代性に、「翻案」というキーワードを使って光を当てた。

「翻案」は、もともと特定ジャンルの作品を違うジャンルの作品に変えたり、背景や人物を変えて現実に合った形を取る作業を意味する。ソウル科学技術大学・基礎教育学部教授の著者は、翻案を芸術作品だけでなく、社会の変革期に外部から流入した文化を受容者の事情に合わせることを指す言葉として幅広く使っている。その脈略から、翻案は小麦粉、ファッション、ゴム靴、帽子、住宅、ラジオ、大衆美術、漫画、遊興業など日常の中の文化全般にわたって起きた。

私たちが今使っている近代語は、この記事に使われた単語にも日本語の「翻案」の跡は数多くある。日本は明治維新以降、西洋の近代思想を翻訳するための概念語を作る作業に拍車をかけた。そして私たちは、日本が翻訳した概念語を、再び朝鮮の言葉に翻訳する「重訳」を通じて西洋文物を受け入れた。それは薬でもあれば毒でもあった。「翻訳の苦痛」を素通りした代償で話し言葉と書き言葉との距離がさらに広がり、漢字語はさらに増えた。

1960年代の産業化の中でも「翻案」は続いた。今も調味料の代名詞のように使われている「ミウォン(味元)」は、植民地時代に移植された日本の調味料「味の素」が産業化時代に韓国企業の手によって再度移植されたものだ。企業各社は、1930年代に味の素が朝鮮で展開した広告方式を真似て商標のデザインや容器を採用した。

このような「植民地的近代性」を単なる清算の対象と思われては困る。「トンカツ」も、最初は日本が「翻案」した西洋料理で、1930年代に朝鮮に普及し始めた料理だ。今や、トンカツは日常の中の私たちの料理として幅広く愛されている。著者は、「発祥が西洋だろうが日本だろうが関係ない。しかし、トンカツの発祥を確認し、変形の意味に気づき、その背景と今後変えていこうとする形態を模索することが重要だ」と書いた。トンカツだけでなく、他の分野も同じことだろう。

模倣から、独創性も生まれる。日本の歌手、坂本九が1961年に発表した「上を向いて歩こう」は、米国に渡って「スキヤキ」というタイトルで1963年にビルボードチャート1位になる気炎を吐いた。韓国では1964年に「イ・シスターズ」が「上を見て歩こう」というタイトルで紹介した。著者は、「当時、米国で人気だったマグワイヤ・シスターズともスタイルが似ていたイ・シスターズの翻案歌謡レコードは、ジャズ演奏と編曲が大変優れ、歌詞の翻訳もユニークだとの評価を受けた」と紹介した。


趙鍾燁 jjj@donga.com