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致命的な異常気象による猛暑…いつまでも自然のせいにするのか

致命的な異常気象による猛暑…いつまでも自然のせいにするのか

Posted August. 11, 2018 09:03,   

Updated August. 11, 2018 09:03

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誘うことに気づいていながら誘われた。

当たり前でしょう。この天気に「猛暑社会」だなんて。見て見ぬふりするのがもっとおかしい。この頃この本を出した狙いは決まっているだろうが、その一方でありがたい。サブタイトルのように「猛暑が社会をどのように変えたのか」は、もはや私たちにも絶体絶命の話題だから。快く誘われたい。

予め言うが、この本はその初版が2002年に出た。2015年に出てきた再版を翻訳したが、新たに掲載された序文を除いては、「昔のこと」という意味だ。1995年7月、米シカゴで猛暑で521人が死亡した出来事を扱っているから、なんと23年前のことだ。ところが「今、ここ」で向き合ったようなこの既視感は何だろうか。

ニューヨーク大学の教授である著者は、災害が発生したシカゴ出身。自分の故郷で繰り広げられた事態を粘り強く深く掘り下げた。実際、多くの人が命を落としたが、猛暑を社会学の観点から分析するのは、なかなかその気になれないことだ。自然災害であるうえ、地震や台風のように劇的でないので、なおさら興味がわかない。しかし、著者は、そのためにも、猛暑の「社会的解剖(autopsy)」が絶対必要だと思った。

「ほとんどの歳月の間、最も致命的な形の異常気象は猛暑だった。猛暑は音も形もなく近づいてきて、静かで目立たず人々の命を奪っていった。そして、私たちは命をかけて猛暑を無視している。…確信を持って予測できるのは社会科学、特に社会学における気候変動は、研究と大衆の参加が集中される最も重要な問題になるという点である」

一見、自然災害は人の力ではどうすることもできないように見える。しかし、私たちも何度も経験しているのではないか。ほとんどの天災は人災のせいで、今日なら一針でできるはずなのに、明日は十針でも間に合わなくなる。当時のシカゴもそうだった。市民を死に追いやったのは異常高温であるが、それを最小限に抑えるどころか、油をかけたのは人間の愚かさだった。著者は、「システム」の問題だとおとなしく指摘したが。

もちろん猛暑が惨禍につながるには、複雑な要素がからんでいる。犠牲者の大半が、貧困層の一人暮らしの高齢者だったことは誰でも予想できる。しかし、シカゴのノースローンデールとサウスローンデールは両方とも貧しいうえ、一つの道を挟んだ近所なのに、死亡率は大きく異なった。ノースローンデールは、経済が立ち遅れたことで多くの住民が去り、犯罪者の生活の場となった。これにより、高齢者たちは外に出ず、孤立してしまった。一方、サウスローンデールは貧しくても、人口が密集していて、依然町中や銀行、店がにぎわっていた。緊急事態が起きても、助けを求める地域コミュニティのおかげで、最悪を免れることができた。

しかし、すべてのことが情のない隣人の問題だと受け止めては困る。この状況になったのは、危機的状況に対する市役所(あるいは政府)の対応戦略が不在で、緊急救助システムの円滑な運用が不備だったからだ。さらに、ますます自治体も企業のように「効率性」のみ追求する傾向と、刺激的な事件だけを追うマスコミの生理も一役買った。さらに当時のシカゴ市長は、弱さを隠す「広報」だけに熱を上げた。市政とは、スポットライトを受けることができなくても、黙々と都市底辺の本質的問題を解決するのがより重要であるのに。

「猛暑の社会」は、読むほど蒸し暑くなる本である。ああ、著者の分析は鮮明ですっきりしている。あちこちで重なる私たちの姿が浮かぶので、なおさらそうである。他国も似たり寄ったりのだめな状態だな、と自分を慰めるには後味が悪い。年々夏はますます暑くなっているのに、「人災共和国」と呼ばれる大韓民国はどうなるのだろうか。突然、タイトルが「猛暑の地獄」に読まれる。原題は「HEAT WAVE : A Social Autopsy of Disaster in Chicago」。


丁陽煥 ray@donga.com