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許しは文化だ

Posted June. 13, 2018 08:27,   

Updated June. 13, 2018 08:27

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18年間、中国の監獄に収監され、インドに脱出したチベット人僧侶がいた。ダライ・ラマが彼に尋ねた。「監獄にいた時、最大の心配や危険は何でしたか」。意外な答えが返ってきた。「中国人に対する同情心を失うことにならないか心配しました」。彼は全体人口の5分の1に相当する120万人のチベット人を殺した国の国民に対してそのように言った。ダライ・ラマがこの話を伝えたのは、「ナチス専門家」と呼ばれるサイモン・ウィーゼンタールが『ひまわり』という本で提起した質問に答えた時だった。

ウィーゼンタールは戦争中、集団収容所に収監され、仲間と共に軍病院の廃棄物を片づける仕事をした。ある日のこと。看護師が彼をある患者に連れて行った。その患者は爆弾の破片で目が見えなくなり、顔と上半身を負傷して死の淵をさまよう21歳のナチス親衛隊院だった。彼はユダヤ人を建物に追い詰めて火をつけ、逃げようと窓から飛び降りる人々に機関銃を乱射したと告白し、懺悔した。そして、あなたはユダヤ人なので、私を許してくれないかと哀願した。ウィーゼンタールは何も言わずに出ていった。翌日その若者は死んだ。

「あなたならその状況でどのようにするでしょうか」。これがウィーゼンタールの質問だ。ユダヤ人はウィーゼンタールがその若者を許さなかったことは良かったと言う。ナチスは許される資格がなく、犠牲者に代わって許す権利は彼にないという理由からだ。しかし多くのキリスト教徒は許さなければならないと言う。『人生の半ば』という小説で馴染みのあるカトリック信者のルイーゼ・リンザーは、「懺悔する若者を一言の許しの言葉もなく死なせたとは恐ろしい」と話す。仏教徒のダライ・ラマも、リンザーと大きな違いはない。彼はチベット僧侶の話で答える。

意見が分かれるのを見ると、許しも、許しに対する態度も文化の一部だ。私たちはどのような文化に暮らし、あの状況でどうしただろうか。