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「檀君民族始祖論」を批判した北朝鮮、「檀君陵」発掘以来「檀君を始祖とする単一民族」に見解修正

「檀君民族始祖論」を批判した北朝鮮、「檀君陵」発掘以来「檀君を始祖とする単一民族」に見解修正

Posted May. 16, 2018 08:02,   

Updated May. 16, 2018 08:02

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韓国と北朝鮮の間で歴史研究と文化財発掘を巡る交流が再び活発化している中、古朝鮮に関しては割合静かな方だ。しかし古朝鮮は、韓国歴史において初めて登場した国であり、今後の共同歴史認識において極めて重要な位置を占めているという評価が出ている。

論文集「古朝鮮史を巡る研究動向―2000年以降の国別争点と展望」(北東アジア歴史財団より発刊予定)に収録された檀国(タングク)大学東洋研究院のオ・デヤン研究助教授の論文「北朝鮮学界の最近の古朝鮮研究」と、河文植(ハ・ムンシク)世宗(セジョン)大学教授の論文「北朝鮮学界の古朝鮮を巡る研究傾向」(2006年)などによると、1990年代初めまで北朝鮮学界は、檀君を民族始祖とみなす民族主義的観点には「反動的だ」として批判的だった。古朝鮮の位置は遼東が中心だったというのが公式見解だった。

ところが、このような認識は、北朝鮮が「檀君陵」を発掘調査した1993年を機に、完全に変わった。韓国民族を檀君を原始祖とする単一民族として認識するようになったという。

檀君陵は、平壌市江東郡江東邑(ピョンヤンシ・カンドングン・カンドンウブ)の西北側にある大朴山(テバクサン)の斜面にある。北朝鮮の学界は、檀君陵の内部で発見された男の遺骨は約5000年前のものであることが分かったとし、実際存在した檀君の遺骨だと主張した。しかし、この主張は信憑性が低いという評価を受けている。1万年以内の遺物の測定に主に使用される放射性炭素年代測定法で年代を測定しなかったからだ。北朝鮮はそれより古いものと推定される遺物を測定する際に使われる方法を使った。

北朝鮮は、檀君陵の発掘以来、紀元前30世紀前後に檀君朝鮮が建国され、その中心地は平壌だと新たに主張した。また、古朝鮮は一時、韓半島の全地域と遼東、吉林、沿海州の南部地域までを包括したと主張した。このような議論は、平壌で独自に生まれた旧石器・新石器文化を土台に青銅器文明が成立して檀君朝鮮が建国されたという「大同江(テドンガン)文化論」へと1998年にまとめられた。

オ・デヤン教授は、「大同江文化論は、1990年代に社会主義体制が揺れる状況で、危機克服の手段として活用された」とし、「北朝鮮政権創設50周年(1998年)という時点で、体制を強固なものにするために用意された古代史の認識体系だ」との見解を示した。

一方、北朝鮮の学界は、古朝鮮が滅亡した後に設置された漢郡県の勢力は、鴨緑江(アプロクガン)を越えなかったとみている。漢郡県の中核である楽浪郡(ナクラングン)の25の属県戶口が記録されたまま平壌の古墳から出土した「楽浪木簡」は、元々平壌のものではないとみている。遼東地域にあった楽浪郡の衙前が平壌の「楽浪国」に亡命して埋葬されたという。楽浪木簡は、韓国学界が楽浪郡は平壌にあったと主張する考古学的証拠の一つだ。


趙鍾燁 jjj@donga.com