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忠州の「弾琴台」で百済の製鉄遺跡が大量発見

忠州の「弾琴台」で百済の製鉄遺跡が大量発見

Posted June. 29, 2017 09:07,   

Updated June. 29, 2017 09:08

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忠州の「弾琴台」で百済の製鉄遺跡が大量発見
忠清北道忠州市(チュンチョンブクド・チュンジュシ)にある弾琴台(タングムデ)で、百済時代の製鉄遺跡が昨年に続いて大量に発見された。

国立中原文化財研究所は、「弾琴台の南側の斜面で製錬炉(鉄鉱石を溶かして鉄を作る釜)8基と鉄鉱石を割るために火を炊いた跡のある遺構1基を発見した」と、28日明らかにした。これに先立って研究所は、昨年の発掘調査で百済時代の製錬炉3基と火を炊いた痕跡の遺構9基を発見した。焼けた木片を利用して炭素年代を測定した結果、当該遺跡はすべて4世紀に作られたことが調査の結果分かった。

昔から鉄が多く生産されていた場所にふさわしく、200平方メートルの面積だけで、原型製錬炉8基が一度に発見された。研究所のハン・ジソン学芸研究士は、「今まで発掘された製鉄遺跡の中では、面積当たりの密度が最も高い」と語り、「百済人たちが鉄を集約的に生産したことを示している」と説明した。

研究所によると、昨年と今年に発掘された製錬炉計11基は、3つの層の上から出てきた。使っていた製錬炉を廃棄後、その上に土を覆って新しい製錬炉を作る行為を繰り返したものとみられる。その前の製錬炉の下部構造などを再利用して、効用を高めた痕跡も発見される。

4世紀にわたって、少なくとも100年に渡って忠州弾琴台の一帯で鉄を作ったのは、ここが鉄鉱石の主要産地であるうえ、南漢江の水上交通を通して鉄を運ぶことができたためと分析される。



金相雲 sukim@donga.com