飛行機に乗って旅立つ海外旅行すら一般的でなかった1960年代、敗戦の痕跡が残っている日本を後にして留学の途についた進取的女性がいる。研究者であり、翻訳者、エッセイストとして活動した日本人作家の須賀敦子だ。彼女の最初のエッセイであり、第30回女流文学賞受賞作でもある「ミラノ霧の風景」をはじめ「コールシア書店の仲間たち」「ヴェネツィアの宿」の3冊が出た。
女学校を卒業後、花嫁修行に専念して家庭を築くことが当たり前に思われていた時代、作家は親の反対を押し切って、当時、日本初の女子大学に第1期に入学する。その後、より広い世界への憧れと学問的好奇心を抱いて、欧州へと旅立つ。エッセイには、独立した生活を夢見て異国に旅立ってから、十数年ぶりに日本に帰ってきた作家の長い旅路がそのまま盛り込まれている。
60歳の時に、記憶を手探りしながら書いた初のエッセイ「ミラノ霧の風景」は、ウンベルト・サバ、ジョバンニ・パスコリなどのイタリアの有名文豪の作品からインスピレーションを得て書いた。文学から受けたインスピレーションは、作家が13年間ミラノで留学生活をしながら出会った仲間たちや歩いていた都市の情景と調和しながら、見知らぬ他国での生活が生き生きと描かれている。
少女的感受性が漂う部分もあるが、女性でなく、一人の「人間」として主体的人生を悩んだ若者の思惟の痕跡がなおさら大きい。「コールシア書店の仲間たち」では、第2次世界大戦直後に欧州大陸を襲ったカトリック学生運動を、異邦人として眺めた経験談を繰り広げ、「ヴェネツィアの宿」では、幼年時代と留学初期、60歳を超えて文を書く現在までの物語を、流麗な筆致で書き下ろしていく。日本と欧州、2つの空間を行き来した一人の女性の内密な日記帳を覗くような気がする。
張善熙 sun10@donga.com