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「アーデン版」が去り、「オックスフォード版」の時代の幕開け

「アーデン版」が去り、「オックスフォード版」の時代の幕開け

Posted March. 06, 2017 08:33,   

Updated March. 06, 2017 08:34

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「アーデン版」が去り、「オックスフォード版」の時代の幕開け
昨年末、「シェイクスピア全集」が李商燮(イ・サンソプ)翻訳で出版されたのは、見過ごせない文化的出来事だった。1960年代にキム・ジェナム翻訳のシェイクスピア全集の初版が発刊された時、韓国は世界の多くの国々の中で、その本を翻訳出版した7番目の国となった。それ以来、いくつかの新しい版本が試みられたが、今回出版された李商燮翻訳全集こそ、新しい局面を切り開いた。

長い間、正本の役割を果たしてきた「アーデン版」の時代が過ぎ去り、最新の研究成果を反映した「オックスフォード版」の時代が始まったのだ。何よりもシェイクスピアの韻文原文と韓国語の自然な感じを最大限に生かしたことが目立つ。これにより、韓国語版シェイクスピアの全集は、坪内逍遥の日本語版の影響圏から独立して、英語圏文化の真髄を繰り広げた。

シェイクスピアを読むことの重要性を、今更強調する必要が果たしてあるだろうか。米文学評論家「ハロルド・ブルーム」は、著書「西洋古典」で、シェイクスピアの作品は、欧州文明全体を代表する古典の中心だと断言した。ブルームによると、シェイクスピアは近代人を発明し、近代英語を発明した。シェイクスピアの劇に登場する多くの人物は、過去にはなかった新人類として、西欧近代人の性格を内蔵した人物たちだ。

ハムレットは、その前にはなかなか目にできなかった複合的内面の深さを持つ人物だ。ロミオとジュリエットも同じだ。14歳のジュリエットが、「ロミオが私を愛するなら、父から与えられた自分の苗字を変える」と語った言葉は、今読んでも衝撃的だ。西洋の近代文化は、大勢の詩人や作家、思想家たちによって成熟した。ブルームは、彼らがあれほど高いレベルの知的成果を収めたのは、巨匠シェイクスピアと競合したためだと主張した。

シェイクスピアの作品のうち、大衆性の高い「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」、「マクベス」のようないくつかの作品を読むことは、人文教養人としては欠かせないことだ。しかし、文化全般の成熟のためには、それだけでは足りない。土地を深く堀ためには、広く掘らなければならない。とある対象の全容を見逃すことなく把握しようとする努力は、すべての大器晩成の事例が共通に持つ資質だ。これから刊行される崔鍾鐵(チェ・ジョンチョル)翻訳本やキム・ジョンファン翻訳本も、シェイクスピアの作品が韓国語と韓国文化を刺激して、より豊かなものにすることに一助することを期待する。

今回の全集出版を最も喜ぶ人は誰だろうか。真っ先に思い浮かぶ人は、韓国学分野においてユニークな存在だった閔泳珪(ミン・ヨンギュ)先生(1915〜2005)だ。歴史学者であり、仏教学者で書誌学者だった氏の文章は、優雅で上品なことで有名だった。氏は、「冬休みのたびに、シェイクスピアの全集を読破することこそ、人生の大きな楽しみだ」と話していた。閔先生は、アーデン版と坪内版とを交互に読んだだろうが、今後、後学らは、ハングル版読書の贅沢を享受できるようになった。休みのたびにシェイクスピア全集を読む後学たちの集まりが、どこかで生まれるような気がする。私たちの人文学の器は、そのようにして大きくなるだろう。