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和協翁主の墓から英祖の哀悼文など多数の遺物発掘

和協翁主の墓から英祖の哀悼文など多数の遺物発掘

Posted December. 29, 2016 08:31,   

Updated December. 29, 2016 08:32

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英祖(ヨンジョ)の娘であり、思悼世子(サドセジャ)の姉である和協(ファヒョブ)翁主(1733~1752)の墓が、京畿道南楊州市(キョンギド・ナムヤンジュシ)で確認された。

高麗文化財研究院は28日、「英祖と後宮である暎嬪李氏との間で生まれた和協翁主の改葬前の墓を発掘調査し、様々な遺物を収拾した」と明らかにした。正祖(チョンジョ)の伯母でもある和協翁主は、20歳の時、はしかでこの世を去った。死ぬ前に領議政・申晩(シン・マン)の息子である申光洙(シン・グァンス)と結婚したが、子供はもうけなかった。

墓からは、和協翁主の葬地であることを裏付ける墓誌や誌石(死んだ人の人的事項などを記した板石)をはじめ靑畵白磁盒10点や粉彩1点、木の盒3点、青銅鏡、鏡の枠、木製の櫛、織物類などが出土された。墓地は、長方形の灰を作り、文字の中に墨を埋めたもので、「有名朝鮮和協翁主寅坐」という文字が書かれていた。

石板でできた誌石の前面背面や側面には、計394字が刻まれている。特に、右側の側面には、父親である英祖が若い時に自分より先にこの世を去った娘への悲しみを記した文が書かれていた。

靑畵白磁盒や粉彩の中には、化粧品とみられる内容物が入っていた。文化財庁の関係者は、「化粧道具など、朝鮮王朝時代の王室の女性らの実生活を窺える資料が大量に出土した」と評した。



金相雲 sukim@donga.com