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朝鮮最後の王女の直筆書物が祖国に

Posted January. 17, 2019 08:55,   

Updated January. 17, 2019 08:55

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一文字一文字にどれほど多くの精魂を込めたのだろうか。朝鮮最後の王女である德溫公主(王女という意、1822~1844)が直接書いた字は、優雅で美しい王室のハングル文化をきちんと示している。

文化財庁は、德溫王女が書いた「慈慶殿記」と「閨訓」など、68点で構成された「德溫王女家のハングル資料」を昨年11月、米国にてオークションで購入し故国に返還したと、16日明らかにした。德溫王女と養子の尹用求(ユン・ヨング、1853~1939)、孫娘の尹伯榮(ユン・べクヨン、1888~1986)など、王室の子孫が3代にわたって作成したハングルの本と手紙、書道作品で構成された。

德溫王女は、朝鮮第23代の王である純祖(スンジョ)と純元(スンウォン)王后の三女として生まれた。公主は正室王妃が生んだ娘を、翁主は後宮が生んだ娘を指す。

今回返還された資料の中で、「慈慶殿記」と「閨訓」は、初めて発見された德溫王女の直筆書物という点で目を引く。德溫王女が美しいハングルの宮体で、直接手で書いた本で、漢文で書かれていたものをハングルに翻訳して作成した。慈慶殿記は、1777年に正祖(チョンジョ)が母親の惠慶宮洪氏のために昌慶宮(チャンギョングン)に建てられた殿閣・慈慶殿(チャギョンジョン)の由来を明らかにした本である。閨訓は、女性が守るべき徳目と礼儀を紹介した一種の修身書と言える。

純元王妃が義理の息子である尹宜善(ユン・ウイソン)に送った手紙も興味深い。風邪と咳に苦しむ義理の息子を心配し、德溫王女が宮に来ているので心強いという内容が清潔な文字に込められている。德溫王女の養子である尹用求が高宗(コジョン)の指示を受けて、中国上古時代から明末期までの歴史をまとめてハングルに翻訳した本「正史紀覽」と、娘の尹伯榮のために女性に関連する歴史を抜粋してまとめた「女史抄略」なども含まれた。尹用求は、高宗時代に、吏曹・礼曹判書を務めた官僚で、優れた文字を誇ったが、1910年の日韓併合後、日本が与える男爵爵位を拒絶した憂国の士だ。

国立ハングル博物館のパク・ジュンホ学芸研究士は、「朝鮮後期のハングル書道の新しい名筆を発見して、『德溫公主体』という新しい字体の活用も考慮する価値がある」とし、「朝鮮王室の女性の意思疎通におけるハングルの役割と重要性を実証的に示す重要資料だ」と明らかにした。


柳原模 onemore@donga.com