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西山大師の仏歌を民謡風の孝の歌に…名盤中の名盤

西山大師の仏歌を民謡風の孝の歌に…名盤中の名盤

Posted May. 11, 2018 08:34,   

Updated May. 11, 2018 08:34

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家庭の月の5月、マスコミから頻繁に出てくる言葉の一つが孝であり、孝と言えば、連想される歌が悔心曲です。悔心曲は元々西山(ソサン)大師が作ったとされる仏家の歌です。昨今、歌い手たちが「孝」をテーマに歌う悔心曲はその一部であり、もともとは仏教的説話をもとに極楽往生を歌っています。

そのような仏家の歌が大衆化したのは、托鉢僧たちが施主のためにゴングを打ちながら語った徳談(幸せなどを祈る言葉)と願いが込められた悔心曲を、主に声の良い西道の歌い手たちが学んで広めたからです。特に1930年に亜星(アソン)キネマが野心的な制作した最初の作品が、王德星(ワン・ドクソン)監督の映画「悔心曲」であるほど関心が高かったのです。自然に悔心曲に長けた僧侶の人気も高まりました。いよいよ和請(ファチョン)歌の巨匠、權明學(クォン・ミョンハク)僧侶の悔心曲が吹き込まれ、アルバム販売が好調を見せると、「新悔心曲」というより大衆的な悔心曲を吹き込むことに至ります。この「新悔心曲」は以前の「悔心曲」と違って、「孝」が中心となった曲です。そして、この「新悔心曲」がしばらくしてから不朽の名唱を誕生させます。まさに悔心曲の伝説となった「姜玉珠(カン・オクジュ)」です。

1926年に京畿道で生まれた姜玉珠は、朝鮮券番で修業した正統派の芸妓でした。ソンソリ山打令の人間文化財である鄭得晩(チョン・ドゥクマン)が彼女の才能を見抜いて、「淡々としながらきめの深い渋い声に合う歌が悔心曲だから、学んで見なさい」と勧めます。師匠の勧めで仏家の悔心曲を学んだ彼女は、突然悔心曲に変化を与えます。まず西道の歌い手たちが歌っていた仏家の難しい歌詞の代わりに、「孝」が中心となった「新悔心曲」の歌詞を補強して前面に打ち出し、技巧も柔らかい京畿(キョンギ)ソリ中心に変えます。彼女の悔心曲に対する大衆の反応は熱かったんですね。京畿民謡の公演での「悔心曲」は興行を保証するものでした。彼女を僧侶と勘違いした人がいるかと思えば、司会者たちすら彼女を僧侶と紹介することがたびたびありました。

特に1957年に新世紀(シンセギ)レコードから発売された悔心曲のアルバムに、彼女の名前が玉珠の代わりに「キム・オクヒョン」と記載され、「僧侶になった」「法名はオクヒョンである」という怪しい噂が流れるに至ります。以後、金英姙(キム・ヨンイム)というもう一人の悔心曲スターが誕生したことで、姜玉珠という名前は徐々に忘れ去られましたが、昨今も彼女の悔心曲は名盤中の名盤として、依然多くの愛好家の心の中に刻まれています。国楽評論家


田承勳 raphy@donga.com