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分断の最大犠牲曲「朝鮮八景歌」、南北政治によって勝手に歌詞が替えられた

分断の最大犠牲曲「朝鮮八景歌」、南北政治によって勝手に歌詞が替えられた

Posted April. 27, 2018 08:13,   

Updated April. 27, 2018 08:13

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27日、板門店で歴史的な南北首脳会談が開かれます。分断の現実と痛みを象徴的によく表している昔の歌謡の中には、「朝鮮八景歌」があります。金剛山(クムガンサン)、漢拏山(ハンラサン)、石窟庵(ソクグルアム)、海雲台(ヘウンデ)、鴨緑江(アブロクガン)のいかだ、赴戰(プジョん)高原、白頭山(ペクドゥサン)、平壌(ピョンヤン)の8カ所の景勝地を歌った曲(ワン・ピョン作詞、ヒョン・ソクギ作曲)で鮮于一扇(ソンウ・イルソン)が歌った北朝鮮の「啓蒙期歌謡」の代表曲です。

最近、韓国芸術団の平壌公演後、「啓蒙期歌謡」という言葉がインターネットのリアルタイム検索語に登場したことがあります。北朝鮮が定義する啓蒙期歌謡は、日本帝国に国を奪われた民族受難期に作られて国民に愛国思想と自主独立精神を鼓吹した歌で、童謡、流行歌、新民謡、啓発歌謡などを総称します。朝鮮八景歌もこれらの精神に合致したものとみなしたのです。

平壌箕城券番出身で、1934年に「花を持って」で彗星のように登場した鮮于一扇は、朝鮮八景歌のほか、ヌンスボドル、遠浦歸帆、ヨンガムタリョン、太平ヨンなど多くの曲をヒットさせます。ところが光復(日本植民地からの独立)後、韓国で「朝鮮八景歌」は「大韓八景」に、「ヨンガムタリョン」は「よくやったよくやった」に、「ヌンスボドル」は、「新天安(チョンアン)三叉路」に、「太平ヨン」は京畿民謡の「太平歌」に、そして「遠浦歸帆」は「ジャジン舟歌」に曲名が変わったり、作詞作曲家が変わったりして、不詳の伝来民謡に包装されたまま歌われています。

その中で、朝鮮八景歌は、黃琴心(ファン・グムシム)以来、高福壽(コ・ボクス)、金セレナ、朴載蘭(パク・ジェラン)、白雪姬(ぺク・ソルヒ)、金蓮子(キム・ヨンジャなど)、数十人の有名歌手がリメークし、今もたびたび歌謡番組に登場するほど、まだ人気を得ています。しかし、この歌は韓国と北朝鮮の作詞者によって歌詞が台無しにされる痛みを経験しました。北朝鮮では韓国の景勝地を外し、韓国では北朝鮮の景勝地の代わりに、韓国の景勝地に変えて歌います。その理由を何人かの音楽学者たちは政治的理由から求めています。特に韓国戦争後、「大韓八景」と呼ばれたのは、「朝鮮」という言葉に対する当局の抵抗感のためだという推定が出ました。このため、南北分断の最大の犠牲曲を「朝鮮八景歌」に挙げたのです。

ところが最近、これを反論する資料が出ました。1964年、韓国民謡研究会の新民謡発表会の時、李素香(イ・ソヒャン)、墨桂月(ムク・ゲウォル)、安翡翠(アン・ビチ)名唱が管弦楽に合わせ歌った曲名が「朝鮮八景歌」であり、登場する八景は鮮于一扇の原曲に掲載された景勝地のままでした。結局、確認されていない仮説のために、もう一度歪曲があったのです。むしろ、著作権の概念が不明確な時代に、議論の種をなくすためにレコード会社の苦心が反映された結果ではなかったのかと考えてみます。

国楽評論家


田承勳 raphy@donga.com