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「孝明世子嬪冊封竹冊」が150年ぶりに帰還

「孝明世子嬪冊封竹冊」が150年ぶりに帰還

Posted February. 01, 2018 09:24,   

Updated February. 01, 2018 09:24

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丙寅洋擾(1866年)当時、フランス軍に略奪されたと思われる朝鮮王室の文化財が、150年ぶりに故国に帰還した。主人公は1819年に制作した「孝明(ヒョミョン)世子嬪冊封竹冊」。

国外所在文化財財団は1月31日、ソウル鍾路区(チョンノグ)にある国立故宮博物館で開かれた記者懇談会で、「孝明世子嬪冊封竹冊が昨年6月、フランスのオークションに出品された事実を確認した後、交渉を経て、今年1月20日に国内に戻ってきた」と明らかにした。

同日初めて公開された竹冊は、1819年(純祖19年)に孝明世子嬪(1808〜1890)を冊封するときに授与した竹でできた本である。サイズは高さ25センチ、幅17.5センチ。6枚で構成された竹冊をすべて広げると、102センチに達する。朝鮮王室では王と王妃の徳を称える称号を与えたり、王妃、世子、世子嬪を冊封したりするときに玉や竹で制作した御冊を作った。

孝明世子嬪は、後代に高宗に垂簾政治をした「趙大妃」としてよく知られている。豊穣(プンヤン)趙氏 ・趙萬永(チョ・マンヨン)の娘で、夫である孝明世子(1809〜1830)は早死したが、息子の奐(ファン)が朝鮮第24代の王・憲宗(ホンジョン)になった。

学界ではこれまで、孝明世子嬪竹冊が丙寅洋擾当時に焼けて消失したものとされてきた。1857年に江華島(カンファド)外奎章閣の物品リストである「 丁巳外奎章閣形止案」には載っていたが、当時、フランス軍が残した略奪文化財のリストには含まれていなかったからである。

しかし、昨年6月、フランスの個人所蔵者がオークションに出して、竹冊は再び世間に姿を現した。以降、財団は、所蔵者との協議と国際法の検討を経て、約2億5000万ウォンで購入した。購入費用は外資系オンラインゲーム会社「ライアットゲームズ」がすべて負担した。


柳原模 onemore@donga.com