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舞台美術を芸術に引き上げた「演劇界のゴッドマザー」…国内第1号の舞台美術・衣装家、李秉福先生が死去

舞台美術を芸術に引き上げた「演劇界のゴッドマザー」…国内第1号の舞台美術・衣装家、李秉福先生が死去

Posted January. 01, 2018 09:44,   

Updated January. 01, 2018 09:50

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舞台美術を芸術に引き上げた「演劇界のゴッドマザー」…国内第1号の舞台美術・衣装家、李秉福先生が死去

国内第1号の舞台美術・衣装家であり、大韓民国芸術院会員である李秉福(イ・ビョンボク)先生(写真)が、昨年12月29日に老衰で死去した。享年90歳。

1927年に慶尚北道永川(キョンサンブクド・ヨンチョン)の大地主家の10人兄弟の長女として生まれた故人は、梨花(イファ)女子大学英語英文学科の在学中に演劇部を通じて演劇と縁ができた。舞台美術の概念すら確立されなかった1960年代、国内第1号の舞台美術・衣装家として登場した故人は、1966年、金正鈺(キム・ジョンオク)演出家と劇団「自由」を立ち上げた。俳優の朴正子(パク・ジョンジャ)、金容琳(キム・ヨンニム)、金惠子(キム・ヘジャ)、崔佛岩(チェ・ブルアム)、故尹小晶(ユン・ソジョン)などが「自由」の創立メンバーだ。

故人は、「タラジの饗宴」(1966年)を皮切りに、「王子ホドン」「夕焼けを運ぶ鳥」「ハムレット」「どこで何になって再び会うだろう」など約40年間200以上の作品の舞台と衣装を引き受けて、舞台美術を一つの芸術ジャンルに開拓したという評価を受ける。氏の名前の前に「舞台美術界のゴッドマザー」という修飾語がついて回る理由である。

1968年、ソウル明洞(ミョンドン)に国内初の小劇場「カフェ・テアトゥル」をオープンし、小劇場運動の堰を切った。金正鈺演出家は31日、東亜(トンア)日報との電話インタビューで、「李秉福先生はリアリズムに限られていた舞台美術の枠組みを破って、抽象的で象徴主義的な舞台美術を作った」と話した。故人は1970年代初めから世界舞台美術家協会の韓国代表として活動しながら、韓国演劇を海外に積極的に発表した。金演出家は、「『タラジ…』と『どこで何に…』で東亜演劇賞大賞を受賞した時の喜んでいた先生の姿を忘れられない」と振り返った。

俳優の朴正子氏は、「舞台を輝かせる『裏ピエロ』を運命に受け止めていた先生は、衣装も魂の宿った演技者だと考えていたので、いつも衣装をあらかじめ制作し、練習する時から俳優に着せた」と話した。氏は、「この前先生から『私は舞台裏のほこりを掃いていて、芸術院の会員になった』と言われました」といい、「舞台裏の汚れまで愛するほど、舞台への愛情が大きかった方だ」と追悼した。

韓仏文化協会長、舞台美術家協会長などを務め、花冠文化勲章、東亜演劇賞、百想芸術賞、ドンラン演劇賞などを受賞した。遺族は權裕辰(クォン・ユジン、チェリスト)、イナ氏(在仏画家)の1男1女だ。遺体安置所はソウル高麗(コリョ)大学安岩(アンアム)病院、出棺は1日。葬儀は大韓民国演劇人葬で執り行われる。 お問い合わせは02-927-4404まで。



金正恩 kimje@donga.com