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天安聖居山で最大規模の「百済木槨庫」

Posted November. 14, 2017 09:23,   

Updated November. 14, 2017 09:59

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天安聖居山で最大規模の「百済木槨庫」

天安(チョンアン)の聖居山(ソンゴサン) で最大規模の百済時代の木槨庫(木で作られた貯蔵施設)が発見された。5~6世紀頃、ここに百済軍が駐屯した山城があった可能性が提起される。

忠清南道(チュンチョンナムド)歴史文化研究院は、「忠南天安市聖居山の慰礼城(ウィレソン、忠清南道記念物第148号)内のヨンセムの発掘調査で、百済時代の木槨庫を確認した」と、13日明らかにした。長方形平面の木槨庫は、横5.5メートル、縦5.4メートル、奥行き1.8メートルのサイズであり、これまで確認された百済時代の木槨庫の中では最も大きい。これに先立って、大田月坪洞(テジョン・ウォルピョンドン)の山城から出てきた百済木槨庫は、横と縦の長さがそれぞれ5.2メートルと調査された。

研究院によると、該当木槨庫は百済時代に初めて造成され、統一新羅~朝鮮時代まで石積み井戸に改築された後、使用された。木槨庫の上部にあった木材について、放射性炭素年代を測定した結果、5~6世紀と調査された。百済が漢城(ハンソン)から泗沘(サビ)に遷都後、木槨庫が造成されたものと推定される。

木槨庫はまるで伝統木家具のように、鉄釘を使わず木を互いに組み合わせる結構法で建てられた。まず、床に横3間、縦3間の木材を十字型に結構した。続いて交点に直径12センチの穴を開けて、計16本の木の柱を隙間なく打ち込んだ。この時、木の柱の下の部分を、まるで釘のように鋭く削って簡単に組み合わせるようにした。

忠清南道歴史文化研究院のイ・ジョンス院長(檀国大学教授)は、「聖居山の木槨庫は、様々な木材加工・建築技術を確認することができるので、百済時代の建築の原型を把握できる重要資料だ」と評価した。

研究院は木槨庫の壁面が粘土でコーティングされたことなどから見て、飲料水の貯蔵施設として使用されたものと見ている。特に近くに城壁が残っている事実を考えると、ここに百済軍が駐屯した山城があった可能性が提起される。ここは一時、ソウル風納(プンナブ)土城と共に、百済の最初の首都だった慰礼城の候補地と推定されたが、これまで関連遺構が発見されたことがない。これに先立って1980~90年代にソウル人文科学研究所の発掘調査で、統一新羅時代の城と西門の跡が確認された。



金相雲 sukim@donga.com