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朝鮮時代の「粉青沙器墓誌」、19年ぶりに国内に帰還

朝鮮時代の「粉青沙器墓誌」、19年ぶりに国内に帰還

Posted September. 13, 2017 09:51,   

Updated September. 13, 2017 10:06

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国内の密輸犯が盗掘して日本に搬出した朝鮮時代の「粉青沙器墓誌」(死者の事績などを墓石に書き記したもの)が19年ぶりに故国に戻った。

国外所在文化財財団は12日、「朝鮮前期に高位官職を務めた李先斎(イ・ソンジェ、1390~1453)の粉青沙器墓誌を日本人コレクターから寄贈され、国立中央博物館に引き渡した」と明らかにした。李先斎は、世宗(セジョン)時代、士官として高麗史を改ざんしたのに続き、集賢殿の副校理として太宗実録を編纂した。また、江原道(カンウォンド)観察使や戸曹参判、芸文館の提学など高位官職を務めた。

朝鮮前期の墓誌のうち現在、宝物に指定されたものは、サムスン美術館リウムなどに所蔵された4点だけだ。今回返還された墓誌は、粉青沙器に象嵌技法で誌文を刻んだ位牌の形だ。本体の下の部分が2つの版に分かれ、蓮の花びら模様が装飾されるなど独特の様式で作られ、宝物級の価値があると評価される。また、すでに宝物に指定されている4点の墓誌よりも故人の官職が高い。

248字が刻まれた銘文には、故人の生涯や家族関係、官職などが詳しく記録されている。李先斎の子孫が鄭汝立(チョン・ヨリプ)謀反事件にかかわり、これまで李先斎の生没年度まで正確に伝えられていなかったが、返還された墓誌を通じて正確な年度と家族関係が把握できるようになった。

この墓誌は、光州(クァンジュ)の墓で盗掘され、1998年6月に金浦(キンポ)空港を通じて不法に搬出されたことが、同年に検察の捜査で明らかになった。これに先立ち同年5月、釜山(プサン)の金海(キムヘ)空港のある鑑定官が墓誌の搬出を阻止して描いた1枚の模写図が返還に決定的に役立った。財団側が、日本人コレクターに会って返還を説得する際、不法に搬出された文化財であることを示す証拠として使われたのだ。

 

模写図の存在を確認し、返還を実現させたカン・イムサン財団協力支援チーム長は、「博物館への無償寄贈を快く承諾したコレクターと光山李氏門中の方々に深く感謝を申し上げる」と述べた。



金相雲 sukim@donga.com