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米国から返還の「文定王后御宝」は原品

Posted August. 28, 2017 09:25,   

Updated August. 28, 2017 09:28

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最近、米国から返還された徳宗御宝が日本による植民地支配期の模造品であることが明らかになったが、「文定王后の御宝(上尊号金宝)」の制作時期をめぐっても論議が起こっている。

市民団体「文化財を取り戻す運動」は27日、「今年7月に返還された『文定王后の上尊号金宝』が火災によって1554年(明宗9年)に再び作られた御宝という文化財庁の主張は誤り」とし、「明宗実録を見ると、該当の御宝は1547年(明宗2年)に作られた原品だ」と主張した。

中宗の継妃で明宗の母親である文定王后は、計3個の御宝を受けた。1547年1月に作られた「上尊号金宝」と同年9月に作られた「加上尊号金宝」、1565年に作られた「上諡号金宝」がそれだ。このうち7月に返還された上尊号金宝を除く残り2点は、国立古宮博物館に保管されている。

問題は、1553年の火災で文定王后の寝殿に保管されていた御宝が焼失し、翌年再び作られたという記録だ。古宮博物館は、「通常、御宝は王や大妃の生前には寝殿に保管するので、2つとも焼失したと見るのが合理的」とし、「明宗実録の該当記録もそう解釈できる」と明らかにした。これに対して「文化財を取り戻す運動」側は、「明宗実録には文定王后の上尊号金宝が焼失したという内容はない」とし、再び作られたものではなく原品が正しいと主張した。

論争の焦点は、明宗実録16巻の9年6月7日付の記録だ。「聖烈仁明大王大妃と恭懿王大妃の宝、玉冊、教命、印を完成して捧げた。前年秋、景福宮(キョンボククン)の火災の時、宝、玉冊、教命、印がすべて焼けてしまい、制作を命じ、この時完成した(聖烈仁明大王大妃恭懿王大妃宝玉冊教命印成進之. 前年秋景福宮災宝及玉冊教命印皆火故命改之至是成)」という内容だ。

聖烈仁明大王大妃は、1547年9月に作られた「加上尊号金宝」に刻まれた文定王后の尊号に該当する。これより先に作られた「上尊号金宝」に刻まれた尊号(聖烈大王大妃)と異なるため、火災で焼失した御宝は「加上尊号金宝」であって「上尊号金宝」ではないというのが「文化財を取り戻す運動」側の主張だ。これに対して古宮博物館関係者は、「実録に書かれた『すべて焼失(皆火)』という表現に注目しなければならない」とし、「上尊号金宝が省略された文章と理解するのが正しい」と反論した。

学界は、明宗実録の記録が見方によって2つの解釈いずれも可能という見解だ。韓国古典翻訳院関係者は、「文脈上で2つの御宝がいずれも焼失したと見ることができるが、御宝に刻まれた尊号を具体的に指摘していることから、『加上尊号金宝』だけ焼失したと解釈する余地もある」と明らかにした。



金相雲 sukim@donga.com