Go to contents

THE DONG-A ILBO Logo

パラ・クロスカントリースキーのソ・ボラミ、「自分の走る姿を母に見てもらいたい」

パラ・クロスカントリースキーのソ・ボラミ、「自分の走る姿を母に見てもらいたい」

Posted March. 08, 2018 08:07,   

Updated March. 08, 2018 08:07

한국어

ソ・ボラミさん(32)は病室の片隅にある簡易ベッドで雑魚寝をしていた母イ・ヒジャさんの姿を忘れることができない。女子高校3年生だった2004年4月。当時階段から転んで脊椎を負傷したソさんは、下半身麻痺という衝撃的な診断結果を告げられた。頭の中では極端なことしか思い浮かばなかった。

周りのこと全てが、死への道にしか見えなかったソさんを、母が奮い起こした。「あの時仕事も辞めて、ひたすら私のために生きて来たんです。自分の生命を私に分けてくれたようなものです。生まれたときに一度、そしてあの時もう一度、私を世の中に送り出したのです」。

韓国の障がい人クロスカントリースキー女子1号で国家代表のソ・イラさんが母の目の前で疾走することを夢見ている。2010年のバンクーバー大会以来、今回で3度目のパラリンピックとなる。究極のスポーツとされる長距離12キロをはじめクロスカントリー4種目に出場する。

初のパラリンピックには何も知らずに出た。2007年に偶然参加したスキーキャンプでスキーに出会ってから3年も経たない時だった。「あの時、ほかの障がい人選手を見て、新しい世界に目覚めて習いかけていた時期でした」。

2度目の大会だったソチ大会は、色々なことを考えさせられる大会だった。やる気は満ち溢れたが、選手として十分成長していなかったと振り返る。国内唯一のクロスカントリースキー選手として、まともな指導を受けられるようなトレーニングの環境が整っていなかった。だが、今度は違う。装備への熟練度も上がったし、レースのノウハウも積んだ。

ソ選手は見習いたい選手に、韓国女子クロスカントリースキーの看板、イ・チェウォン選手(37)を挙げる。2002年のソルトレークシティ五輪から平昌(ピョンチャン)五輪までの16年間、黙々とオリンピックに参加してきたイ選手の粘り強さに感銘を受けた。「チェウォンさんは自分の道を粘り強く歩んできたんです。必ずしもメダルが獲れなくても、そうやって自分の人生を開拓していくのは本当に素晴らしいことだと思います」。

ソさんも、人から認められなくてもイ・チェウォン選手のように黙々と自分だけの人生を走りたい。冬季練習のときは、下半身麻痺で痛みを感じないため、何度も凍傷にかかったが、歯を食いしばって耐え抜いた。ソさんを見て希望を見出している障がい者も増えた。「1号選手」のタイトルは、いつの間にか重い責任感となってソさんの肩にのしかかっている。

「この種目は大変きついので、一度入門しては辞めてしまう人が多いので、自分だけでも今の位置を守って命脈を保っていなければと思っています」

ソさんは初めてパラリンピック競技場を訪れ、娘の試合を直接観戦しながら応援する母のことを思う。「今回ばかりは涙でレースを見逃すようなことしないで、娘が雪原を掻き分けて走る姿を見てほしい」と語った。

「毎回、母は私の試合を見ながら泣くんです。だから、今度も涙を流しながら私の試合を見るのではと心配です。私が走る姿を是非見守ってもらいたいんです。これまでの母の犠牲が無駄ではなかったことを全身で証明して見せたいです」


金在亨 monami@donga.com