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4000年前の涙

Posted March. 20, 2019 08:43,   

Updated March. 20, 2019 08:43

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古代シュメール文明の専門家である米学者サミュエル・クレーマーは、トルコのイスタンブールにある古代オリエント図書館で2つの粘土板を見つけてレプリカを作った。そして米国に持っていき、ペンシルバニア大学博物館の4つの粘土板と比較した。すると驚くべきことが起こった。それらは、互いの一部だった。元々一つだったものが、遺物を発掘する過程で散らばったのだ。

双方にあるものを合わせて解読すると、人間の苦難に関するアレゴリーだった。人間の苦難を中核においた旧約聖書の「ヨブ記」のように、4000年前の粘土板は、苦難の物語を伝えていた。ひどい不運に悩まされる男がいた。人々は彼の言葉を嘘だと決めつけて、陰謀を企て、友人さえも彼に正直ではなかった。そしてみんな豊かに暮らしているのに、彼の家族だけが食べ物がなかった。他の人々はご褒美を受けるのに、彼に帰ってきたのは、貧困と病気、苦痛だった。誰からも助けてもらうことができなかった。訴えるのは、神しかなかった。「神様よ、どのくらい私を放置し、保護されない状態で置くのでしょうか?」。彼は苦痛に身悶えしながら涙で訴えた。「賢人たちは、罪なしに生まれた子供はなく、罪のない若者は昔からいないと語ります。本当にそうですか、だから私にこのような苦しみを与えてくださるのですか?」

神は彼の苦痛と涙、そして彼の口から出てくる言葉に心が和らいだ。切実な訴えに心が動いた神は、彼の苦痛を喜びに変え、彼を守る天使を送った。病気が治り、痛みと貧困が退いた。ヨブ記より少なくとも1000年以上前に書かれたストーリーの主人公は、クレーマーによると、人類初のヨブだった。粘土板の楔形文字は、ヨブ記と同じ物語を私たちに伝える。理由もなく不当なまでの苦難と不幸の前で、人間はいつも茫然とするということ、そして涙は未知の絶対者に向けた祈りの一つの形式だったこと。これは数千年が経った今も同じではないだろうか。

文学評論家・全北(チョンブク)大学教授