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月夜

Posted October. 27, 2018 09:19,   

Updated October. 27, 2018 09:19

한국어

この世にないような美しい情景が作品の中に入っている。ないものなど詠んだはずがないだろうが、これは詩人が見て感じた祖国である。韓国民族の胸の中には、ほかならぬこのような日々と景色が宿っていた。洛東江(ナクドンガン)は澄んでいて、人がいなくても月明かりでいっぱいになる。青い月光と金色の夕焼けが祝福するように降りていて、心を頼るのに十分足りている。見慣れているが、見るほど新しいものがこの地の山河だし、人々も家屋も懐かしいものだった。

◆このように時調詩人の李鎬雨(イ・ホウ)は、祝福のように大事な韓国とその基盤を歌ったことがある。ここに収録された詩は、李鎬雨の登壇作である。1940年、文壇の長老だった李秉岐(イ・ビョンギ)詩人があの有名な「文章」誌に推薦したのがこの作品であり、詩人が1955年度に発刊した詩集の最も前に掲載したのもこの作品である。 李秉岐はこの作品が「新しくて清潔でさらさらしている」としながら、普通は川であれば、白鷗や 李白、楽しさなどを思い浮かべるのに、「月夜」は私たちならではの、詩人ならではの情緒を込めているので素晴らしいと評価した。

◆私たちならではの風景と情緒を愛した詩人は、民族愛を抱いて詩を書いた。彼の詩集を見ると、一つの民族には必ず、その民族の呼吸である国民の詩があるべきだと書いてある。まだ物足りないが、自分は、その道に向かって邁進するという決意もある。詩人でさえ心で、全力を尽くして愛して守ってきたところで私達は生きている。その夢のように美しいところが、まさに私たちの住んでいるここ、ここである。

文学評論家


李沅柱 takeoff@donga.com