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「安っぽい恵み」の世の中

Posted July. 02, 2018 08:36,   

Updated July. 02, 2018 08:36

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「ドイツのクリスチャンたちは、身震いする二者択一の前に立っています。キリスト教の文明を生かすために祖国崩壊を祈るのか、それとも、ドイツの戦争勝利のために祈ることで、それを破壊するのかのいずれかを選択する必要があります」。-ディートリヒ・ボンヘッファー、「米国を去る時の説教」

彼は、ユニオン神学大学教授のポストが用意された米国で滞在中だった。しかし、アドルフ・ヒトラーの政権以来、すでに迫害を受けてきたボンヘッファー牧師は、この言葉を残して死が待っている祖国に戻る。結局ヒトラー暗殺作戦に加担した罪で1943年に逮捕され、終戦直前だった1945年4月、39歳の年で絞首台で生を終える。「死は終わりではなく、永遠の命の始まりです」。処刑場に向かいながら、仲間の囚人たちに彼が残した言葉である。誰よりも生を愛していた彼は、なぜ自分自身を捨てたのだろうか? 「大地と神を一緒に愛する人だけが、神の国を信じることができる」と主張した彼の言葉に答えがある。

「聖なる」聖職者たちは、ナチスという大勢に従った。しかし、この地とこの地の人間をあまりにも愛していたこの若い神学者は、むしろ死を選んだ。「神の国は、大地で起きる復活の国」と信じていたからである。私がボンヘッファーに初めて会ったのは20代末だった。彼岸のために現世を否定すべきだという正統キリスト教風の信仰が一方で圧迫してきたし、変革運動と厳重な現実との間の葛藤が他方から抑えていた時だった。世界を愛することこそ神を愛することだという彼の弁証法は、「名目の世界」から私を解放させてくれた。

彼は、信じるだけで救われたとみなすことや、罪の告白のない聖晩餐などを「安っぽい恵み」とみて、批判した。悉く国民のためだと繰り返す政治家たち、見たことのない客を愛するという商業資本、現世のために来世を売る宗教、依然として偽の愛や安い恵みがあふれるこの世の中で、ボンヘッファーの人生と文は、ふと、自分自身を振り返らせる高い山である。