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白凡、米OSS、西安訓練所

Posted March. 01, 2018 10:14,   

Updated March. 01, 2018 10:14

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米中央情報局(CIA)の前身である戦略事務局(OSS)は1942年に創設された。CIAのホームページによると、フランクリン・ルーズベルト大統領が第2次世界大戦の参戦を機に第1次世界大戦の英雄ウィリアム・ドノバン将軍に戦時情報機関を構成する責任を与えた。こうして国防総省、国務省、財務省などに散っていた業務を総括する米国初の情報機関が誕生した。

◆大韓民国臨時政府の白凡(ペクポム)金九(キム・グ)主席は1940年、韓国の光復軍を創設して第1から第3支隊を重慶、西安、阜陽に置いた。第2次世界大戦末、白凡はOSSと手を握って韓半島に進攻する「トクスリ作戦」を極秘裏に進めていた。28日、東亜(トンア)日報に、この作戦のために中国山西省西安市に設置された光復軍・OSS訓練所が公開された。現地の取材を通じて、祖国の独立を願った青年たちが垂直に近い険しい峡谷を這い登り、射撃や橋の破壊といった特殊軍事訓練を受けた、その激しい現場が初めて確認されたのだ。

◆1945年8月7日、西安で白凡はOSSのドノバン局長と会って、韓半島への進攻に対する細部の計画をつくり、対日軍事共同作戦に合意した。秘密訓練を受けた光復軍の精鋭隊員を山東半島で米国の潜水艦に乗せて本国に侵入させ、連合軍の一員として各地で様々なかく乱作戦を展開するというのが、韓米の合同作戦の構想だった。韓米の軍事協力と合同訓練のルーツは臨時政府にまで遡るわけだ。残念なことに共同作戦を実行する前に日本が降伏したため、韓国は戦勝国と認められなかった。白凡が「数年に渡って参戦を準備したが、すべて無駄になった」と嘆いた理由だ。

◆ 「韓米親善平等互助」。1949年1月、駐韓米国大使館のグレゴリー・ヘンダーソン文政官に白凡が書いた直筆の文だ。白凡が光復(解放)後も韓米関係の強化に関心を持ち、未来志向を鋭く指摘したことがうかがえる。独立への熱い執念と情熱がこもった西安訓練所、政府は中国当局にこの場所の意義を伝え、早急に管理対策づくりをしなければならない。


コ・ミソク論説委員 mskoh119@donga.com