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神話になった「ポケットヘラクレス」

Posted November. 21, 2017 10:07,   

Updated November. 21, 2017 10:14

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東西の古典には怪力の持主である男たちが登場する。旧約聖書のサムソンは、手でライオンを引き裂いて殺し、ギリシャ神話の中のヘラクレスは、棒でライオンを打ち殺す。現代人が世界最高の力持ちをわきまえる運動は重量挙げである。それも四方4メートルの正方形のリング上で。重量挙げは1896年の第1回アテネ五輪の時から正式種目だった。

◆重量挙げは、大韓民国という名前をかけてオリンピックに出て、初めてメダルを獲得した種目でもあった。1948年のロンドンオリンピックで、故金晟集(キム・ソンジプ)がミドル級で銅メダルを獲得した。クリーン(バーベルを一気に持ち上げること)とジャーク(バーベルを肩に一度にかけた後、引き上げること)に種目が分かれたのは、1972年のミュンヘン五輪からだった。女子重量挙げは、2000年のシドニー五輪の時に採用されるほど歴史が短い。

◆重量挙げは、自分との孤独な戦いである。選手は試合に出る前は、水を飲まず、三日間も食事を取らずに減量をするという。クリーンとジャークで合計326キロを持ち上げて世界新記録を立てたが、交通事故の後遺症で苦しんでいた張美蘭(チャン・ミラン)は、2012年のロンドンオリンピックの時、ジャーク最後の試みで失敗すると、バーベルを撫でた手を口に持っていって別れを告げた。詩人文寅洙(ムン・インス)は、「世界で最も美しい別れだ」と語った。

◆長い間、人間は自分の体重の3倍以上は持ち上げられないという俗説があった。トルコのナイム・スレイマノグルが1988年のソウルオリンピックの重量挙げ60キロ級の決勝で、ジャーク190キロ(従来の世界記録は160キロ)を持ち上げて、この通念を破った。彼はクリーンでも初めて自分の体重の2.5倍である152.5キロ(〃150キロ)を成功させた。身長147センチのスレイマノグルには、「ポケットヘラクレス」というニックネームがついた。元々祖国はブルガリアだったが、トルコ系イスラム教徒としての「創氏改名」を強要られると、1986年にトルコに亡命し、オリンピック重量挙げの初3連覇、世界選手権7連覇、世界記録46回樹立という大記録を作った。この彼が、今月18日、肝不全で50歳の短い生涯を終えた。世紀の力士が歴史の中に消えた。

趙修眞(チョ・スジン)論説委員