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色あせたロシア革命100年

Posted November. 10, 2017 09:00,   

Updated November. 10, 2017 09:36

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今年で100周年を迎えたロシアのボルシェビキ革命は「10月革命」と呼ばれる。帝政ロシアが採用したユリウス暦によると、10月25日に共産政権が樹立されたからだ。現代の西暦で計算すれば、革命記念日は11月7日となる。世界を揺さぶった「あの日」を記念するのに、肝心の革命の発祥地は冷淡だった。先月、ロシア大統領宮の報道官は外国メディアに対して、「なぜ私たちが、この日を祝わなければならないだろうか?」と反問した。

◆その言葉の通りだった。国家レベルの記念行事なしに、少数政党に没落した共産党を中心に7日、街頭行進と集会が開かれた。17年間にわたって長期間政権の座についていることで、「21世紀のチャル(絶対君主)」と呼ばれるプーチン大統領にとっては、旧体制との決別を意味する「革命」の言及自体が気まずかっただろう。4回当選に向けて、来年3月に大統領選挙を控えている状況で、群衆が集まる機会を作って、やや間違って反体制デモに繋がっては大変なことになるから。

◆ロシアの人々は、世界で初めて自国で成功した共産革命について、どのような考えを持っているのだろうか。4月に行った調査結果によると、ロシア人の48%は10月革命を前向きに、31%は否定的に、21%は判断保留を選んだ。彼らが両面的感情を感じるのは、革命の後遺症をあまりにも長く、苦しく経験したせいだ。1917年、レーニンがソビエト社会主義政権を樹立する際に掲げた美しい理想は、どれ一つ実現されておらず、自国はもとより地球のいたるところで惨憺たる破壊をもたらした。

◆革命100周年にほぼ沈黙を守ってきたプーチンは最近、このようなことを語った。「革命ではなく、漸進的進歩を通して発展することが、国を破壊して何百万人の運命を無慈悲に踏みにじることなく、一歩一歩進むことが本当に不可能なのかを、私たちは問わなければならない」。下心は何であれ、彼が革命の毒素を指摘した部分は注目に値する。パンと土地の平等を前面に出した革命のスローガンは、「皆の貧困と不幸」であり、残酷な権力闘争に帰結された。いざ社会主義の宗主国は、記憶の倉庫に埋めておきたがる恐怖と暴力の政治。それが北の地では、厳然とした現実であることに胸が痛い。