◆その理由は、自己保護の本能をあきらめるほど人間にとって殺害に対する本能的な拒否感が大きいためだ。大韓民国がゴールデンウィークを楽しむ間、国外で人の命をハエの命のように無惨に踏みにじる犯罪の知らせが続けざまに伝えられた。米ラスベガスでは、60代の元会計士、スティーブン・パドック容疑者がコンサート会場に集まった多くの観衆に向かって無差別に銃を乱射し、59人が死亡した。世界を驚かせた米国史上最悪の銃撃犯は、裕福な元会計士で、特に犯罪歴もなかった。彼の犯行動機は謎だ。
◆欧州では、デンマークの百万長者で発明家のピーター・マドセン被告の取材に行ったスウェーデンの女性ジャーナリストが行方不明になって10日後に頭部のない死体で発見された、マドセン被告が自分が作った潜水艦でジャーナリストを殺害して死体をバラバラにしたと推定されている。彼のコンピュータには、女性が拷問を受けて殺される映像が含まれていた。有名人の猟奇的殺人という点で衝撃は大きかった。非情な殺人パーティーを行ったパドック容疑者もマドセン被告も経済的に豊かで、教育を受けた知識人であり、背筋がぞっとする。
◆グロスマン氏によると、第2次世界大戦と違ってベトナム戦争の場合、射撃の割合が90%を超えた。彼はこのように射撃の割合を4倍以上高めた方法が民間で広範囲に使われる現象を憂慮した。つまり、映画やゲームなどを通じて銃乱射などあらゆる暴力的シーンに無防備な状態で露出し、繰り返しおぞましいシーンに接する場合、人間の感性も鈍るという結論だ。21世紀版「ジキル博士」の嫌悪すべき犯罪を目の当たりにして、私たち自身に問いかける時が来たようだ。人間は怪物として生まれるのか、さもなければ怪物を育てているのか。