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政治家の切腹論

Posted November. 22, 2017 09:10,   

Updated November. 22, 2017 09:17

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山岡莊八の大河小説、徳川家康で頻繁に登場するのが切腹である。衣服を整えて座った敗軍の将が短刀で腹を切って腸を取り出すと、横に立っていた武士(介錯人)が長い刀で首を切るやり方である。切腹は自殺の最も極端な方法である。切腹は1867年、明治維新の時に法律で禁止されたが、1976年に「ロッキードスキャンダル」の捜査時に、日本の布施健検事総長が切腹を口にしたこともある。政界の反発を「無罪判決が出たら腹を切る」という言葉で抑えた。

◆1975年4月11日、ソウル大学農学部4年生だった金相眞(キム・サンジン)氏が切腹した。演壇で良心宣言を読み上げていた金氏は、「地下では私の魂が目覚めて、満足そうな笑いの中で、皆さんの進撃を見守りたい」という最後の部分は読まずに目を閉じた。金氏の死は、学生の抵抗意志に火を付け、朴正煕(パク・ジョンヒ)の維新体制崩壊につながった。金氏の表現のように「民主主義は血を飲んで育つ」といわれるが、民主化過程における犠牲はあまりにも大きかった。

◆朴槿恵(パク・クンヘ)前大統領の弾劾後だった1月初め、当時の与党セヌリ党では「切腹」をめぐる舌戦が繰り広げられた。非常対策委院長を務めた印名鎭(イン・ミョンジン)牧師が、親朴(親朴槿恵)系座長である徐清源(ソ・チョンウォン)議員に狙いを定めて、「日本であれば切腹をする」と鋭く言い放つと、徐議員は「牧師、私はいつごろ切腹すれば良いでしょうか」と切り返した。「ウンチをしておいて逃げた格好」「牧師が死を強要」など見苦しい攻防が続き、刷新は水の泡となった。

◆親朴系の中心人物だった野党自由韓国党の崔炅煥(チェ・ギョンファン)議員が16日、国家情報院の特殊活動費1億ウォンを授受した疑惑について、「事実なら東大邱(トンデグ)駅で切腹する」と言って反発した。5年前、貯蓄銀行事件に巻き込まれた朴智元(パク・チウォン)議員がツイッターに投稿した「木浦(モッポ)駅での切腹」から駅名のみが変わった。朴議員は、1審は無罪、2審は有罪、3審は無罪だった。1998年3月未明、北風事件で取り調べを受けていた権寧海(クォン・ヨンへ)元国家安全企画部長は、文具用ナイフで腹部を数回切ったが、命に別状はなかった。検察は、「自傷行為」だとした。いくら無実を強調するとは言え、「切腹」を口にするのは気が重い。

趙修眞(チョ・スジン)論説委員 jin0619@donga.com