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「東西最高の海将」 日本海軍も李舜臣将軍を評価

「東西最高の海将」 日本海軍も李舜臣将軍を評価

Posted May. 08, 2018 08:40,   

Updated May. 08, 2018 08:40

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「李舜臣(イ・スンシン)は13隻の船隊を指揮し、潮流を利用して砲火を浴びせかけ、督戦して管正蔭は戦死し…」(「日本帝国海上権力史講義」より)

日本明治時代(1868~1912)の海軍が、壬辰倭乱(慶長の役)の時、自分たちにとっては恐怖の対象だった李舜臣将軍について教えていたことが明らかになった。

イ・ジョンガク詳明(サンミョン)大学特任教授(66・写真)が最近出版した「日本人と李舜臣」によると、日本海軍少佐小笠原長生が作った自分の海軍大学(海軍将校の教育機関)講義教材「日本帝国海上権力史講義」の中で李舜臣将軍について詳細に紹介している。1902年に海軍大学が初めて出版したこの本は、24ページにわたって壬辰倭乱の歴史を扱っている。

小笠原は李舜臣将軍について、「大胆で活発である上、緻密な数学的頭脳も備えているので、電線製造法、陳列変化、軍略、戦術に至るまで改良していった」とし、「珍島(チンド)では潮流を応用(鳴梁海戦)するなど、様々な画策を通じて毎回勝利したので、朝鮮の安定はこの人の力によるものだった」と評した。彼は、日本海軍は壬辰倭乱の水軍敗北原因を研究して教訓としなければならないと強調し、李舜臣将軍を高く評価した。

李舜臣将軍を尊敬した日本人は、この他にも少なくない。1892年、朝鮮に測量技師として来た惜香生は、伝記「朝鮮李伝」を記し、李舜臣将軍を英海軍の英雄ネルソン提督に喩えた。日本海軍の代表的戦略家である佐藤鐵太郞(1866~1942)は、「大日本海戦史談」(1930年)で、李舜臣を「本当に東西海將の中でも第1人者だ」と絶賛した。

イ教授によると、1980年代以降、日本の小中高校の教科書と参考書に李舜臣将軍の活躍は載っているが、逆に日露戦争当時、東海(トンへ、日本名”日本海”)海戦を勝利に導いた東郷平八郎提督の記述はますます消えている。イ教授は、「現代において李舜臣は過去の敵国でさえ『救国の英雄』『世界的な海の英雄』と高く評価されている」と語った。

李舜臣将軍が生前、どの日本人と接触し、どのように接したかについても、この本は綿密に調べた。代表的なのが「降倭(壬辰倭乱当時に投降した日本軍)」だ。本によると、「乱中日記」のなかで李舜臣将軍が降倭を直接取り調べる、若しくは会ったとする記録は27件。李舜臣将軍はトラブルを起こした降倭は容赦なく処刑する一方、降倭たちが郷愁を癒すことができるように、伝統劇を行いたいという要請があれば、快く許す寛大な姿も見せた。


趙鍾燁 jjj@donga.com