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バナナの絶滅が決して遠い未来のことでない理由

バナナの絶滅が決して遠い未来のことでない理由

Posted April. 07, 2018 07:25,   

Updated April. 07, 2018 07:25

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第一印象は不親切だった。「バナナ帝国の崩壊」というタイトルで首をかしげる。スケルトンを刻んだバナナの絵の表紙でもう一度首をかしげる。ところが、最初の文ですぐに心が雪が溶けるように解けた。「毛虫の空腹が葉の形を変えるように、私たちの空腹は地球の形を変えた」。食料、貪欲、自然、生態系などを手際よく調理した本だろうという予感がした。

期待は確信に変わった。応用生態学者著者はバナナ、ジャガイモ、チョコレートなどの身近な食べ物をテーマに、生物多様性の重要性を探っていく。本はバナナで始まる。1950年、中央アメリカのバナナ農場主は、味と大きさが同じ単一品種のバナナを栽培した。品質が予測可能になると、ビジネスは羽をつけた。

経済的に天才的なこの発想は、しかし、生物学的では落第点だった。1890年、バナナの立ち枯れ病菌が引き起こすパナマ病がとある農場を襲った。程なく、その一帯の農場のバナナがすべて黒く変わった。単一品種の悲劇は1950年前に世界に広がり、一時バナナ界を号令していたグロス・ミシェル品種は、結局食卓から消えた。

1845年、アイルランドでも似たような惨事が起きた。1843年、卵菌類に感染されたジャガイモ疫病によって、アイランドだけでも100万人以上が命を落とした。街には遺体の腐臭が漂い、からみ合った遺体を切り離す技術が開発された。「貧乏人のおかずは、大きなジャガイモに添えた小さなジャガイモ」だったと言われるほど、ジャガイモへの依存度が絶対的なせいだった。

しかし、人間は同じ過ちを繰り返した。またもや単一品種であるキャベンディッシュを耕作して利益を溜め、新型のパナマ病によってキャベンディッシュも姿を消した。人間の貪欲は止まることを知らなかったし、今でも同じことが繰り返されている。

形が良くておいしい食べ物のために、自然の秩序を害してはならないという考えがおのずと浮かぶ。おぞましい食卓の残酷史に粛然になるごろ、著者はそれとなく言う。「野生の自然が与える恩恵は、野生の土地を保全する際にのみ享受できる。問題は、我々に最も必要な種が、どの野生の地にあるかを知らないことだ」

いち早く、種の重要性に気づいた人たちもいる。ロシアの植物学者ニコライ・ヴァヴィロフと研究陣が代表である。彼らは、第二次世界大戦時に敵軍と飢えた味方から命をかけて17万種の作物品種を守った。研究員30人余りは、種子を食べないことを決めて、米やピーナッツ、ジャガイモの隣で飢え死にする道を選んだのだ。彼らの高貴な使命感によって、ロシアの作物栽培は目覚ましく発展した。ノルウェーにあるスヴァールバル世界種子貯蔵庫は核爆弾が落とされても、電気が切れてもびくともしない。

生物学を簡単に解釈し、望ましい生命観を示しているという点で、「生物と無生物の間」などを発行した福岡伸一のファンなら満足度が高いだろう。きめ細かな翻訳も本の品格を高めた。


李雪 snow@donga.com